皇統章 序日本國の特色 ── 人民が集まつて王を立てたのではない底本 二八二〜二八三頁
原文
伊弉諾尊伊弉册尊共議曰。吾已生大八洲國。及山川草木。何不生天下之主者歟。
訓読
伊弉諾尊、伊弉册尊共に議りて曰く、吾已に大八洲國及び山川草木を生めり。何ぞ天下の主たる者を生まざらんやと。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次は「皇統章」というのでありますが、これは日本の皇統の連綿として永久に伝わらせられるに就いて、その本来の成立ち、また其の特色等に就いての研究の結果を述べてあるのであります。
即ち前から読んだ所でよく解ります通り、日本では人民が集まって王を立てたのではないのであります。日本以外の國に於ては、一番初めに人民が集まって國を造って、そうして其の國の統一を図る必要上、人民の中から智慧のあり、徳のある者を選んで君主としたのでありますけれども、日本は皇室の御先祖が吾々の先祖をお教えになり、お導きになって此の國をお建てになったのでありますから、皇室なしには國というものの存在は意味を持たないのであります。
それでありますから此の天皇の皇統の御繁昌になることを詳しく知りますれば、此の國がどんな國であるかということも本当に解るし、また将来此の國を健全に発達せしむる所の根本もここに立つ訳であります。斯ういう点に於て、皇統に就いて正しい理解を持って居るということは、日本國民として最も肝要なことなのでありまして、これ等の事に就いての素行の考えがこれから述べられてある訳であります。
解説
皇統章のはじまり。中國章が国土を論じた章だとすれば、皇統章はその主を論じる章である。
小林がここで立てる対比――「人民が集まって王を立てた」のが他国、「皇室の御先祖が國をお建てになった」のが日本――は、この章全体の枠組みになる。
読むときの注意(一)。この対比は社会契約説への意識的な反論である。ホッブズ・ロック・ルソーの流れをくむ「国家は人民の合意によって成る」という考え方が明治以来入っており、それに対して建国の順序が逆だと言っている。思想史的な文脈のある一句として読みたい。
読むときの注意(二)。ただし「他国では人民が集まって王を立てた」というのも、史実の記述ではない。ヨーロッパの王権も中国の王朝も、実際には征服と世襲によって成立している。両側とも理念型で語られていることに注意したい。
素行の原文はここでもずっと静かで、「何ぞ天下の主たる者を生まざらんや」――『日本書紀』神代上の一句を引くところから始まる。国土が先、主は後。この順序そのものが、素行の論の出発点である。
皇統章 一何ぞ天下の主たる者を生まざらんや底本 二八三〜二八五頁
原文
伊弉諾尊伊弉册尊共議曰。吾已生大八洲國。及山川草木。何不生天下之主者歟。於是生日神。號大日孁貴。──大日孁貴。此云於保比屢咩能武智。孁者音力丁反。一書云天照太神。一書云天照大日孁尊。──
訓読
伊弉諾尊、伊弉册尊共に議りて曰く、吾已に大八洲國及び山川草木を生めり。何ぞ天下の主たる者を生まざらんやと。是に於いて日の神を生む。大日孁貴と號く。――大日孁貴、此をば於保比屢咩能武智と云ふ。孁は音力丁の反。一書には天照太神と云ひ、一書には天照大日孁尊と云ふ。――
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
前に伊弉諾・伊弉冉尊が初めて此の國土を経営されたということがありまして、其の時に方々の島や何かをお生みになったというのは、要するにそれ等の地方を経営されたということに解釈して宜しいのであります。
そこで伊弉諾・伊弉冉尊がまたお互いに御相談になって仰せられるのに、此の大八洲の國と、それから山川草木等を生んで、自分等の住むべき所は此処に定まったのであるから、今度は此の天下に君たる人を生んで、立派な自分達の後継ぎをここに決定しなければならぬ。斯う仰せられて、一番初めにお生みになったのが日の神であった。
これは大日孁貴と申すのである、即ち天照大神のことであります。
解説
国土が先、主が後。この順序は、皇統章の全体を規定する。
『日本書紀』神代上の原文は「吾已に大八洲國及び山川草木を生めり。何ぞ天下の主たる者を生まざらむ」。素行はこれをそのまま引き、国造りが済んだところで主を求めるという筋を強調する。
興味深いのは、小林が「方々の島や何かをお生みになったというのは、それ等の地方を経営されたということに解釈して宜しい」と、神話の「生む」を「経営する」に読み替えていることである。その一(ck12)で「國中の柱」を「眼に見えるような柱があったと解釈するには及ばない」と読んだのと同じ手つきで、この講義に一貫した方法である。
「大日孁貴」の「孁」は女を意味する字。素行が字書を引いて「郎丁の反、女なり」と注記しているのは(kd14 参照)、この神が女神であることを字の上から確認しているのである。
皇統章 一(承)大日孁貴 ── 光と熱とを具へたもの底本 二八五頁
原文
於是生日神。號大日孁貴。此子光華明彩。照徹於六合之内。
訓読
是に於いて日の神を生む。大日孁貴と號く。此の子光華明彩にして、六合の内に照り徹らせり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
「大日」というのは太陽のことで、「大日孁」というのは太陽の非常に美しく光り輝く有様を申すのであります。無論太陽の光線というものの中には熱を含んで居るので、此の太陽の光線に照らされて萬物が育てられ温められ、それで草でも木でも育ち、他の動物も育って行くのであります。
光と熱を具えたものが太陽の光線であります。國をお治めになる方も其の通りであって、非常に勝れた智慧をお具えになり、また多勢の人を育て養うという大きな慈悲の心をお持ちになって、此の智慧と慈悲とが一つになって、其のお治めになる方のお働きとなって人民を護り、また人民を教え導くという広大なる働きをなさるのであります。
詰り大日孁貴と申しまして、これを太陽に譬えまして大日孁貴とも申し、或は天照大神とも申すのであります。
解説
光と熱。小林はここで、日の神を智慧と慈悲の二つに読み替える。光=智慧、熱=慈悲、そしてその二つが一つになったはたらきが統治である、と。
この読み方は、天先章で「常立」を「衰えない、亡びない」と読んだのと同じく、神名の字義から徳目を引き出すやり方である。
ここで注目したいのは智慧だけでは足りないとしているところである。光には必ず熱が伴う。知性と情愛の両方がなければ統治にならない、というのが小林の一貫した立場で、天先章(kt19)の「禮というのはどういう地位に居る者でも、皆人として価値がある」という一節とも通じる。
「六合の内に照り徹らせり」――六合は天地と四方、つまり世界のすべて。中國章がくり返し用いた「六合」の語が、ここでは光の及ぶ範囲として出てくる。
皇統章 一(承)天照大神 ── 天地の間に照り渡るやうなお姿底本 二八五頁
原文
故二神喜曰。吾息雖多。未有若此靈異之兒。
訓読
故に二神喜びて曰く、吾が息多しと雖も、未だ此の靈異の兒の若きはあらずと。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで此のお子様はお生れになった時からお姿が非常に美しくて、天地の間に照り渡るようなお姿であった。お姿が勝れていらっしゃるということは、心に具わったる所のお徳が最も勝れて居ることの証しであります。
そこで伊弉諾・伊弉冉尊が大変にお喜びになって、自分の子は多勢居ても、此の子ほど不思議な美しい姿をした子は外にはない。これを此の土の上に留めて置くのは惜しいものである。此処に置くには及ばない。之を天に送って天上のことを掌らせた方が宜かろう。斯う仰せられた。
解説
姿が勝れていることは、徳が勝れていることの証し――小林はここでも、外にあらわれた形を内にある徳のしるしとして読む。その八(ck117)で門の額の「嘉言」を、その九で建物の様子を語ったのと同じ発想である。
「靈異の兒」――ただ美しいのではなく、常ならぬ。二神が「吾が息多しと雖も」と言うのは、他の御子と較べての判断であって、比較のうえでの選定である。
読むときの注意。「これを此の土の上に留めて置くのは惜しい」という理由で天に送る、というのは、裏返せば地上の統治は別の者が担うということでもある。皇統章の以後の議論は、天にある天照大神と地上の皇統とをどうつなぐか、という筋になっていく。
皇統章 一(承)天の柱を以て天上に擧ぐ底本 二八五〜二八六頁
原文
不宜久留此國。自當早送于天。而授以天上之事。是時天地相去未遠。故以天柱擧於天上也。
訓読
宜しく久しく此の國に留むべからず。自ら當に早く天に送りて、天上の事を以て授くべしと。是の時天地相去ること未だ遠からず、故に天の柱を以て天上に擧ぐ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此処に置くのは惜しいものである。之を天に送って天上のことを掌らせた方が宜かろう。斯う仰せられたが、其の時には「天地相去ること未だ遠からず」――天と地との間というものには始終道が通って居ったから、そこで天の柱という、天に通ずる道を開いて之を天上に送られた。
解説
「天地相去ること未だ遠からず」――天と地とがまだ近かった。これは世界各地の神話に共通する「天と地が分かれる前」のモチーフである。
「天の柱」は、その一(ck11)とその七(ck102)で二度扱われた語だが、ここでは三つ目の意味――天と地をつなぐ道――として出てくる。一つの語を場面ごとに読み分けるのが、この書の作法である。
のちに天と地が離れる(天地隔絶)という展開は、記紀では天孫降臨を境として語られる。神が自由に往来できた時代の終わりを、この一句は含んでいる。
皇統章 一(承)月の神 ── 其の光彩日に亞げり底本 二八六頁
原文
次生月神。──一書云。月弓尊。月夜見尊。月讀尊。──其光彩亞日。可以配日而治。故亦送之于天。
訓読
次に月の神を生む。――一書に云ふ、月弓尊、月夜見尊、月讀尊。――其の光彩日に亞げり。以て日に配べて治むべしと。故に亦之を天に送る。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから次に月の神というものをお生みになった。これは月弓尊或は月夜見尊、月讀尊とも申すのであります。
此の月の神も其の光の麗はしいことは日に次いで居ったから、日の神と並んでやはり天上の事をお治めになるようにということで、これも続いて天にお送りになった。
解説
日と月。『日本書紀』は日の神と月の神を並べ、「日に配べて治むべし」とする。二つで一組という構図である。
のちの kd15 で素行は「日月は天地の主なり。四時の運行、寒暑の去來……皆日月を以て綱紀と爲す」と論じる。暦のもとになるのが日と月だから、その二つが天地の主なのだ――という、きわめて筋の通った理屈である。
もっとも、記紀における月の神の扱いは薄い。天照大神と素戔嗚尊の物語が大きく展開するのに対し、月夜見尊は保食神を斬る一話(その四 ck56 で扱った)を除けばほとんど登場しない。三貴子のうち一柱だけが、物語を持たない。
皇統章 一(承)蛭兒 ── 三歳に至るまで脚が立たなかつた底本 二八六頁
原文
次生蛭兒。雖已三歲。脚猶不立。故載之於天磐櫲樟船。而順風放棄。
訓読
次に蛭兒を生む。已に三歳なりと雖も脚猶ほ立たず。故に之を天磐櫲樟船に載せて、風の順に放ち棄つ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから其の次に蛭兒という御子をお生みになったが、これは三歳に至るまで足が立たなかった。それで実際の役に立たぬというので、天磐櫲樟船という、樟のような堅い木で拵えた船に載せて、風に順って海の上に放たれて、此の國土にお留めにならなかった。
解説
記紀のなかでもっとも痛ましい一節。三歳になっても脚が立たない子を、船に載せて流す。
『古事記』では蛭子は最初の子で、伊邪那美が先に声をかけた(女が先に唱えた)ためだと説明される。天先章(kt18)でその「陽神先づ唱ふ」を扱ったときにも補注を付したとおり、この説明は当時の性別観をそのまま神話の因果に持ち込んだもので、そのまま受け取るべきではない。
小林の言い方にも注意したい。「実際の役に立たぬというので」――障害のある子を役に立つか立たないかで測る言い方が、ここではまったく無自覚に使われている。のちの kd22 で小林は蛭兒を「海を護る神」として意味づけ直そうとするが、それも役に立つ立たないの枠内での回収であって、枠そのものは問い直されない。
この神話が、のちに恵比須信仰――流れ着いた者を福の神として迎える――に結びついていくのは、民間の側がこの筋を裏返した結果だとも言える。
皇統章 一(承)素戔嗚尊 ── 一番終りにお生まれになつた底本 二八六頁
原文
次生素戔嗚尊。──一書云。神素戔嗚尊。速素戔嗚尊。──此神有勇悍以安忍。
訓読
次に素戔嗚尊を生む。――一書に云ふ、神素戔嗚尊、速素戔嗚尊。――此の神勇悍にして以て安忍なることあり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
一番終りにお生まれになったのが素戔嗚尊という方であったが、これは非常に勇敢な方で、また「安忍」というのは我が儘で、自分の一旦思い付いたことは何でもやり遂げるというような気分の方であった。
それで子供の時から大きな声を出して泣いてばかり居ったものですから、國中の人間が其の声を聞いて心が荒々しくなったと見えて、此の素戔嗚尊の大声を聞いた為めに身体の健康を害って死んだ者などもあった。
解説
素戔嗚尊の登場。『日本書紀』の「勇悍にして安忍あり」――勇ましく、そしてむごいことを平気でする。
小林はこの「安忍」を「我が儘で、自分の一旦思い付いたことは何でもやり遂げるというような気分」と読み替える。原義(残忍さ)よりも意志の強さのほうに寄せた読みで、これがのちの kd11・kd12 の「善い点を伸ばせば役に立つ」という議論への伏線になる。
読むときの注意。「大声を聞いた為めに身体の健康を害って死んだ者もあった」――『日本書紀』の原文は「常に哭泣を以て行と爲す。故に國内の人民をして多く夭折せしむ」で、直接の因果までは書いていない。小林の説明はその因果を具体化した補いである。
神話における素戔嗚尊は荒れる自然力そのもの――嵐や暴風――の象徴と解されることが多い。泣き声で人が死に、青山が枯れるのは、災害の記憶がこの神格に集まっているためだろう。
皇統章 一(承)哭泣を行と爲す ── 青山を變枯せしむ底本 二八六〜二八七頁
原文
且常以哭泣爲行。故令國内人民多夭折。復使青山變枯。
訓読
且つ常に哭泣を以て行と爲す。故に國内の人民をして多く夭折せしめ、復青山をして變枯せしむ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また其の周囲の山や何かまでも何か其の為めに障りを受けたと見えて、山が枯れたというのは余り大きな形容でありますが、一人が怒ったり騒いだりして居れば、周囲に大きな影響を及ぼすということを形容したものと思われるのであります。
そこで伊弉諾・伊弉冉尊が素戔嗚尊に仰せられるのに、お前はどうも甚だ乱暴な者である。人に迷惑を掛けるなどということを少しも考えない。思う儘のことをして泣きわめいて居る。其の為めに周囲は非常に困難をして居る。
解説
「山が枯れたというのは余り大きな形容でありますが」――小林はここで、神話の誇張を誇張として認める。そのうえで「一人が怒ったり騒いだりして居れば、周囲に大きな影響を及ぼすということを形容したもの」と読み替える。
その七(ck108)で「八尋」を数値ではなく「四方八方どこにも申し分がない」と読んだのと同じ、具象を意味に翻訳する手つきである。この講義のいちばん良いところと言ってよい。
一人の荒れが周囲を荒らす――そう読むと、この神話はきわめて日常的な話になる。家庭でも職場でも起こることである。神話を倫理の話として読む、というのが小林の一貫した姿勢で、輪読で使えるのはまさにこの読み方だろう。
皇統章 一(結)根の國へ ── 汝甚だ無道なり底本 二八七頁
原文
故其父母二神勅素戔嗚尊。汝甚無道。不可以君臨宇宙。固當遠適之於根國矣。遂逐之。
訓読
故に其の父母二神素戔嗚尊に勅して、汝甚だ無道なり、以て宇宙に君臨すべからず、固に當に遠く根の國に適かるべしと。遂に之を逐ふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
お前のような者は此の國を治めるという大任に当ることの出来ないものであるから「根の國」即ち他の國へ行った方が宜い。此の中央に留まって居てはならぬと仰しゃって、遠くの地方へ追払われたというのであります。
ところが此の時に此の素戔嗚尊は御両親の仰せを慎んで承って、お姉様である所の天照大神に別れを告げて、さうして遠くへ行かれたのであります。
これが詰り日本の國の力の外に発展する本になるということは、また別の所で素行が申して居るのであります。
解説
「汝甚だ無道なり」――追放の宣告。素行はこれを、統治者の資格の話として読む。「宇宙に君臨すべからず」――治める資格がない、と。
注目したいのは、小林が「根の國」を「他の國」と読んでいることである。『日本書紀』の「根國」は地の底の国だが、小林はそれを地上の遠い土地と取る。その五(ck72)で「戎夷は外國の意味ではない」と断り、その九(ck126)で「海外は外國ではない」と断ったのと較べると、ここでは逆に外へ広げて読んでいる。
読むときの注意。「これが詰り日本の國の力の外に発展する本になる」――この一句は素行の按語にはない。追放された神の物語を、対外的な発展の起源として読み替えるのは、この読本でくり返し確認してきた転回(ck98・ck100・ck130・ck149)と同じ型である。
素戔嗚尊が朝鮮半島に渡ったとする伝承(『日本書紀』一書に新羅の曾尸茂梨の記事がある)を踏まえた言い方だろうが、それを「発展の本」と呼ぶかどうかは、まったく別の判断である。
皇統章 一(結)性質はそれぞれ異ふ ── 善い點を伸ばして行けば世の中に役に立つ底本 二八七頁
原文
此神有勇悍以安忍。
訓読
此の神勇悍にして以て安忍なることあり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
ところが此の時に此の素戔嗚尊は御両親の仰せを慎んで承って、お姉様である所の天照大神に別れを告げて遠くへ行かれたということが、日本の國運を発展せしむる上に於て大きな力になった訳であります。
それはどうしてそういう風に思い直されたかと言うと、詰り御両親伊弉諾・伊弉冉尊のお言葉を慎んで聴かうということを思い立たれたからであります。またお姉様の天照大神を重んじて、此の方に別れを告げて遠くへ行かれたということであります。
即ち此の御両親のお教えになった其の教化のお力に依って、此の素戔嗚尊が其の性質の善い方を充分に発揮されて、自分の悪い点を伸ばして行けば世の中に害をなすし、其の善い点が発展して行けば世の中に役に立つ。それで素戔嗚尊という方は非常に勇敢で、また思うことを何でもやり遂げるというような性質を持って居られたから、これを自然の儘にして置けば、いつも我が儘をして周囲の者に迷惑を掛けるようになるけれども、自分で思い直されることになれば、其の勇気のある、自分のしなければならないことは何でもやり通すという気象が、其の中央に居らっしゃらないで遠くへ行かれたということが、日本の國運を発展せしむる上に於て大きな効果を奏するのである。
解説
この冊のいちばん良い一段。小林は素戔嗚尊を悪い神としては読まない。「性質はそれぞれ異ひますが、其の性質の中で善い点と悪い点とがある」――そして「悪い点を伸ばして行けば世の中に害をなすし、其の善い点が発展して行けば世の中に役に立つ」。
勇敢さと我が儘とは同じ性質の表と裏である。放っておけば周囲に迷惑をかけるが、向きが変われば大きな力になる。荒ぶる神を、矯めれば力になる素質として読む――神話が、そのまま育て方の話になっている。
天先章の「土を捏ねて器にすれば、元の土とは異ったものになる」(底本一五三・一七六頁)という一句と、まっすぐつながる読み方である。
「自分で思い直されることになれば」――外から矯めるのではなく、本人が向きを変える。そこを小林が押さえているのが良い。輪読で拾いたい一段である。
皇統章 一(結)恩愛の力を以て善い點を發揮せしむる底本 二八七〜二八八頁
原文
故其父母二神勅素戔嗚尊。汝甚無道。
訓読
故に其の父母二神素戔嗚尊に勅して、汝甚だ無道なりと。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の事は誰でも考えなければならぬことでありまして、銘々生れながらにして善い点と悪い点とを持って居るのでありますが、其の善い点を発揮せしめさえすれば、人間に棄てた者はないのであります。
恩愛の力を以て此の善い点を発揮せしむるようになりまして、必ず大きな働きをすることも出来るのであります。
此の事は誰でも考えなければならぬことでありまして、これは後世の私共も大いに心得なければならぬことであります。思い付いたことを一貫してやるという其の御気性を善い方に向けられて、そうして國の力を外に伸ばすという大きな働きをなさったものというように考えられるのであります。
解説
「人間に棄てた者はない」――前段の議論が、ここで一般化される。誰にも善い点と悪い点がある。善い点を発揮させさえすれば、棄てるべき人はいない。
そして「恩愛の力を以て」。力ずくで矯めるのではなく、情によって向きを変えさせる。この語の選び方に、小林の人間観がよく出ている。天先章(底本一五七頁)の「どういう地位に居る者でも、どういう職業に携わる者でも、皆人として価値がある」という一節と、同じところから出ている言葉である。
読むときの注意。ただし結びの「國の力を外に伸ばすという大きな働き」は、やはり素行の原文にない読み込みである。個人の性質の話が、国の対外的な発展の話に着地する――前段(kd10)と同じ転回で、いちばん良い議論の直後に、そのままそれが来る。
この読本ではその二つを切り分けて読むことを勧めたい。前半(人に棄てた者はない)は、後半なしでも十分に立つ。
皇統章 二一書に曰く ── 宇宙の珍子を生まんと欲す底本 二八八〜二九一頁
原文
一書曰。伊弉諾尊曰。吾欲生宇宙之珍子。乃以左手持白銅鏡。則有化生之神。是謂大日孁尊。右手持白銅鏡。則有化生之神。是謂月弓尊。又廻首顧眄之間。則有化神。是謂素戔嗚尊。即大日孁尊及月弓尊。並是質性明麗。故使照臨天地。素戔嗚尊。是性好殘害。故令下治根國。
訓読
一書に曰く、伊弉諾尊曰く、吾宇宙の珍子を生まんと欲すと。乃ち左手を以て白銅鏡を持てば、則ち化生せる神あり。是を大日孁尊と謂ふ。右手に白銅鏡を持てば、則ち化生せる神あり。是を月弓尊と謂ふ。又首を廻らし顧眄るの間に、則ち化れる神あり。是を素戔嗚尊と謂ふ。即ち大日孁尊及び月弓尊、並びに是れ質性明麗なり。故に天地に照し臨ましむ。素戔嗚尊は是れ性殘害を好む。故に根の國に下し治めしむ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また或る書に伝わった説に依りますと、伊弉諾尊が、自分は此の天下を治むべき、非常に勝れた徳のある所の子を生みたいと仰せられて、そこで左の手に白銅で造った鏡をお取りになった。其の時にお生れになった神が大日孁貴、即ち天照大神と申す方である。次に右の手に同じ白銅の鏡をお持ちになった時にお生れになったのが月弓尊と申す方である。
それであるから大日孁貴即ち天照大神と、月弓尊とは非常に麗はしい御性質であって、御徳が殊に勝れて辺りを照らすような方であった。それで此のお二人の神々が永く此の天地を照して、人間の世になっても其の神霊が國をお護りになって、此の國がだんだん栄えて行くような力をお与えになると申すことである。
また後ろを向かれた時にお生れになったのが素戔嗚尊であるから、生れつき正しい道に外れて、物を害うような本性を持って居られた。それで根の國という所へやって其処を治めさせられた。斯ういうように伝はって居るのであります。
解説
もう一つの伝え。『日本書紀』神代上の一書――三貴子が鏡から生まれたとする異伝である。
左手の鏡から日、右手の鏡から月、ふりかえったところから素戔嗚。この非対称が、そのまま三神の性格の差になる。次の kd14 で小林はこれを詳しく読み解く。
「宇宙の珍子」の「宇宙」はうづと読み、尊い意。天地宇宙のことではない。素行が「吾宇宙の珍子を生まんと欲す」と引くとき、それは「尊い御子を生みたい」という意味である。
読むときの注意。この異伝は『古事記』の伊邪那岐の禊(左目から天照、右目から月讀、鼻から須佐之男)とも、本文の産み分けとも違う。記紀には三貴子の誕生譚が複数ある。素行が「一書曰」として並べているのは、どれが正しいかを決めずに並べるという『日本書紀』の編纂方針をそのまま踏襲したものである。
皇統章 二(承)鏡は自分の相を現はすもの ── 内に省みて己れの心を正しく保つ底本 二九一頁
原文
乃以左手持白銅鏡。右手持白銅鏡。又廻首顧眄之間。
訓読
乃ち左手を以て白銅鏡を持つ。右手に白銅鏡を持つ。又首を廻らし顧眄るの間。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで此の鏡を取るということは、鏡というのは自分の相を現はすものでありますから、即ち内に省みて己れの心を正しく保ち、また其の徳を養うて多くの者を治めるという意味を表はすのであります。
それから左と右というのは國に依って異ひますけれども、我が國に於ては昔から左を尊んで、右はこれに次ぐという習はしになって居ります。それですから左の手に鏡をお取りになった時に、一番勝れたお子様がお生れになった。これが即ち天照大神であります。それから右の手に鏡をお取りになった時に、これに続く所のお子様がお生れになった。これが即ち月弓尊であると、斯ういうように言はれて居るのであります。
それからまた後ろを顧みるということは、これは平常の場合ではない、即ち特別の場合を表はすのであります。
解説
鏡=自分の相を映すもの=内に省みること。小林の読み替えのなかでも、とりわけ美しいものである。
素行はのちに「神鏡を以てするは、明にして倚らざるなり」――鏡は明らかで偏らない――と公平さの意に取るが、小林はそれを自省に読み替える。「内に省みて己れの心を正しく保ち、また其の徳を養うて多くの者を治める」――統治の前にまず自分を正す、という順序である。
これは『大學』の修身・齊家・治國・平天下の順序そのもので、この読本の基準ファイルが『大學』であることを思うと、いっそう味わい深い。
左を尊ぶのは中国の古制に由来し、日本の官制でも左大臣が右大臣の上である。左手の鏡から天照大神という異伝は、この序列を神代に投影したものと読める。
そして「後ろを顧みるということは、平常の場合ではない、特別の場合」。ふりかえるという所作の異常さに、素戔嗚尊の性格の由来を見る――所作の一つひとつを意味として読む、この講義らしい読み方である。
皇統章 二(承)和魂と荒魂 ── 人間の二種の魂底本 二九二頁
原文
素戔嗚尊。是性好殘害。故令下治根國。
訓読
素戔嗚尊は是れ性殘害を好む。故に根の國に下し治めしむ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それでありますから我が國では昔から人間の二種の魂が身体に宿って居るということが言ってある。即ち一つは和魂、一つは荒魂というのであります。
「にぎ」というのは和らぐ意味、即ち人と和らぎ人と睦み合うという意味でありまして、人を敵として之を打破って進むような心持、これを荒魂と申します。それから「荒」というのは争うという意味であります。
それで平和の場合は和魂が充分に其の力を現はすのであるが、戦争というような場合には荒魂が大いに其の力を発揮して、敵を打破って進むという所の勇しい働きをするのであると考えられて居るのであります。
凡そ國を治める場合に於ては此の両方面が必要でありまして、人の上に立つ人は仁恵を以て民に臨み、平和な心を以て國を治めるということが固より大切なことでありますけれども、併し全く心得違いの者が出て来れば、如何に教え訓しても容易に自分の過失に気が付かないから、先づこれを打懲らして自ら反省せしむるより外はないのであります。
解説
和魂と荒魂。『日本書紀』神功紀などにみえる古い観念で、一つの神格に和らぐはたらきと荒ぶるはたらきの両面があるとする。
小林はこれを人間の二種の魂として説き、平和のときは和魂、戦のときは荒魂と割り振る。そのうえで「人の上に立つ人は仁恵を以て民に臨み、平和な心を以て國を治めるということが固より大切」と、和魂の側を先に置くのを忘れない。
読むときの注意。ただし後半の「全く心得違いの者が出て来れば……先づこれを打懲らして自ら反省せしむるより外はない」は、そのまま読み過ごせない。これは対人関係の話とも、対外的な武力行使の話とも読める言い方で、この講義が語られた昭和十年代という時期を思えば、後者に傾いて聞かれた可能性が高い。
その二(ck28)で確認した「他国との戦いの正当化が素行の原文にない」という指摘と、同じ型の注意が必要な箇所である。素行の按語は「素戔嗚尊は性殘害を好む。故に根の國に下し治めしむ」と書くだけで、戦争についてはひとことも述べていない。
皇統章 二(承)一として無意味のものはない ── 其の性質に應じ、其の力に應じて底本 二九二〜二九三頁
原文
即大日孁尊及月弓尊。並是質性明麗。故使照臨天地。
訓読
即ち大日孁尊及び月弓尊、並びに是れ質性明麗なり。故に天地に照し臨ましむ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
今伊弉諾尊、伊弉冉尊のお生みになったお子様の中に、非常に徳の高い方もあったし、また非常に武勇の気象の勝れた方もあったということは、何れも貴いことなのでありまして、即ち素戔嗚尊の如きは余り御気象が荒いから、或る場合には其の周りに害を与えたということもありますけれども、此の荒々しい御気象を善い方に向ければ敵を打破り、自分の國の力を外に伸ばすという大きな働きをさせられるのであります。
凡そ世の中の物には一として無意味のものはないのでありまして、其の性質に応じ、其の力に応じて善い方に活動をすれば何れも存在の意義があり、また國家の発展のお役に立つのでありますから、後世の者もよく斯ういう点に気を付けて、各々其の本性の善い方を発揮するように力を用いなければならぬことと思はれるのであります。
解説
「凡そ世の中の物には一として無意味のものはない」――この一句は良い。kd12 の「人間に棄てた者はない」と同じところから出ている。
そして「其の性質に応じ、其の力に応じて善い方に活動をすれば何れも存在の意義がある」。性質そのものに善悪はなく、向きに善悪があるという考え方で、この講義の人間観のいちばん良い部分である。
読むときの注意。ただしその「善い方」の内容が、ここでは「敵を打破り、自分の國の力を外に伸ばす」と具体化される。荒魂の向け先が対外的な力の行使に置かれている。
kd11・kd12 で語られた「善い点を伸ばせば世の中に役に立つ」という一般的な話が、ここで特定の方向に固定される。一般論と、その時代における具体化とを、切り分けて読みたい。
前者――誰にも棄てるところはなく、性質は向け方次第――は、今日でもそのまま通じる。後者は、この講義が語られた時代の言葉である。
皇統章 二(結)是れ中國其の主を定むるの始めなり ── 伊勢の皇大神宮底本 二九三頁
原文
謹按。是中國定其主之始也。大日孁──字書曰。郎丁反。女也。──貴者即日神。鎭坐伊勢州也。大神宮。宗廟之嚴。神本朝之元祖也。
訓読
謹んで按ずるに、是れ中國其の主を定むるの始めなり。大日孁――字書に曰く、郎丁の反、女なり。――貴は即ち日の神、伊勢州に鎭坐するなり。大神宮、宗廟の嚴、神は本朝の元祖なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
尚ほ此の事に就いて素行が自分の考えを述べて申しますには、此の伊弉諾・伊弉冉尊がお子様を幾人かお生みになって、それぞれ適当な所を治めさせたということが、即ち國の君主を定めるということの初めであります。
それで大日孁貴というのは即ち日の神ということで、大日孁、即ち日の美しい光りが普く凡てのものに仰ぎ貴ばれるという意味で、「むち」というのは仰ぎ貴ぶ意味であります。
これが即ち天照大神のことであって、今日でも伊勢の國にお祀り申上げてある所の皇大神宮といいまして、此の天照大神の天孫が、即ち此の國を初めてお治めになったのでありますから、我が國の皇室の御先祖として此の天照大神を永く尊ぶ訳であります。
解説
「是れ中國その主を定むるの始めなり」――この一句が皇統章の起点である。中國章が「是れ中州營都の初めなり」「是れ人皇宮殿の始めなり」と、あらゆる制度の始めを数え上げてきたのと同じ形式で、ここでは主(統治者)の始めが数えられる。
素行はこのあと四柱の神を、それぞれ現に祀られている社に結びつけていく――天照大神=伊勢の皇大神宮、月弓尊=伊勢の別宮、蛭兒=摂津西宮の夷三郎、素戔嗚尊=出雲大社。神話を、いま参拝できる場所に着地させる。
これは中國章の方法(名から実を読む)と同じで、神話の名を、現存する社という「実」で確かめるやり方である。
「宗廟の嚴」――祖先を祀る廟のいかめしさ。全集版の祭祀章(『中朝事實』十四)が宗廟・社稷を詳しく論じるのに対し、ここでは皇統の起点としての伊勢が押さえられる。
なお伊勢神宮が皇祖神を祀る場として確立するのは七世紀後半、天武・持統朝ごろとみるのが今日の一般的な理解である。神話が語る起源と、制度が成立した時期とは別である。
皇統章 二(結)倭姫命 ── 千辛萬苦を重ねて伊勢が最も適當であると見定められた底本 二九三〜二九四頁
原文
月弓尊者。月神。是又爲伊勢別宮──倭姫命世記云。月夜見命二坐。一書曰。御形馬乘男帶太刀。──也。
訓読
月弓尊は月の神、是れ又伊勢の別宮なり。――倭姫命世記に云ふ、月夜見命二坐。一書に曰く、御形馬乘の男太刀を帶ぶ。――
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから月弓尊というのは、即ち月の神で、これはまた伊勢の別宮であって、伊勢に於て皇大神宮と共に此の神をもお祀り申してあります。
此の伊勢の神宮を建てましたのは、前にもありましたように倭姫命という方が御父垂仁天皇の仰せを受けて、諸國に此の神宮を建つべき所を探して歩かれて、千辛萬苦を重ねた結果、此の伊勢が最も適当であるということを見定められて、此処に皇大神宮をお建てになったのであります。
此の倭姫命の世記という、即ち倭姫命の御事蹟を記録したものがあります。此の記録に依りますと、月夜見命という方は馬に乗った男のお姿であって、太刀を帯びて居られるということも伝えられて居るのであります。
解説
倭姫命の巡行。垂仁天皇の皇女が、天照大神を祀るべき地を求めて諸国をめぐり、ついに伊勢に定めた――という伝承である。「千辛萬苦を重ねた結果」という小林の言い方に、この巡行譚の性格がよく出ている。
『日本書紀』垂仁二十五年条は、大神が倭姫命に「是の神風の伊勢の國は、常世の浪の重浪歸する國なり。傍國の可怜し國なり。是の國に居らむと欲ふ」と告げたと記す。神が自ら場所を選ぶという形である。
『倭姫命世記』は、伊勢神宮外宮の神官(度会氏)の手になる中世の神道書で、記紀ではない。素行がこれを引いているのは当時の神道学の蓄積を踏まえてのことだが、成立年代の隔たりには注意が必要である。月夜見命を馬に乗り太刀を帯びた男神とするのも、この書の伝えである。
記紀における月の神の扱いはきわめて薄い。天照大神と素戔嗚尊の物語が大きく展開するのに対し、月夜見尊は保食神を斬る一話(その四 ck56)を除けばほとんど登場しない。三貴子のうち一柱だけが、物語を持たない。
皇統章 二(結)蛭兒 ── 海を護る神底本 二九四頁
原文
蛭兒者。攝津州西宮社夷三郎是也。
訓読
蛭兒は攝津州西宮社夷三郎是れなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから蛭兒という方は後に至って摂津の國の西ノ宮にお祀り申してあるので、世に夷三郎と申して居るのがこれであります。
此の方は役に立たないから海に流されたということがありますけれども、海を護る神として祀ってあるのであります。海を越えた遠くの未開の島々を治める、或はこれを懐けるという意味なのでありまして、本國に於てはお役に立たれなかったような方でも、また遠くに行って役に立たれるのであります。
凡そ誠心がありさえすれば何かの動きをするのでありまして、蛭兒命と雖も決してお役に立たなかったという訳ではないということが考えられるのであります。
解説
捨てられた神を、別の役割で回収する。三歳になっても脚が立たず船で流された蛭兒を、小林は「海を護る神」として意味づけ直す。
ただし kd07 で述べたとおり、この回収そのものが役に立つか立たないかという枠の内側にある。「本國に於てはお役に立たれなかったような方でも、また遠くに行って役に立たれる」――枠そのものは問い直されない。
とはいえ「凡そ誠心がありさえすれば何かの動きをする」という一句は、その枠を少しだけはみ出している。役に立つかどうかではなく、誠があるかどうか。kd12 の「人間に棄てた者はない」と同じところから出ている言葉である。
蛭兒=西宮の夷三郎という同定は中世以降の説で、記紀にはない。海から流れ着いた者を福の神として迎える恵比須信仰は、この神話の筋を民間の側が裏返した結果とも言える。捨てた話が、迎える話に変わっている。
皇統章 二(結)素戔嗚尊は出雲の大社に ── 或は曰く底本 二九四頁
原文
素戔嗚尊者。出雲州大社是也。──或曰。大社者。天神爲大己貴所造供也。素戔嗚尊行於根國。故於中國無降迹。後世祭大己貴。故合祭素戔嗚尊者也。──
訓読
素戔嗚尊は出雲州大社是れなり。――或は曰く、大社は天神大己貴の爲に造供する所なり。素戔嗚尊根の國に行く。故に中國に於いて降迹なし。後世大己貴を祭る。故に素戔嗚尊を合祭するなり。――
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから素戔嗚尊は出雲の大社にお祀り申してあるのであります。
また一説に依ると、大社は天神が大己貴命の為めに与えられた所であるから、大己貴尊が暫く其処を保って居られて、其の子孫は永く出雲に栄えて居られた。後に至って天孫降臨の時に至って此処がやはり皇室の御領土になってしまったのでありますが、素戔嗚尊は暫く出雲に居られて、そうして謂はゆる八岐の大蛇を退治せられたというような事蹟もありますけれども、併し素戔嗚尊は出雲に暫く居られたのみで、元来此処は大己貴命の経営せられた所である。
結局素戔嗚尊は根の國という所に行かれたのであるから、日本の本國に御迹が遺って居る訳はない。それで後世に至っては大己貴神を出雲に祀って、素戔嗚尊をも合せてお祀り申すのであると、斯ういうような説もあるのであります。
解説
素行の慎重さが出る一段。出雲大社を素戔嗚尊の社とする通説に対し、「或は曰く」と留保を付け、大社は本来大己貴命のもので、素戔嗚尊は後世の合祀だと明記する。
この理解は今日の研究とも合う。出雲大社(杵築大社)の祭神は大国主神(大己貴命)であり、素戔嗚尊の合祀は後世のものである。神話の同定を鵜呑みにしない――附録「或疑」十五節の「庸愚の舌頭を容るべからず」と同じ、分からないところは分からないままにする作法である。
小林が「天孫降臨の時に至って此処がやはり皇室の御領土になってしまった」とさらりと述べるのは、出雲の国譲りのことである。「なってしまった」という言い方に、譲った側の視点がわずかに滲む。
八岐大蛇退治は『日本書紀』では素戔嗚尊が根の国へ向かう途中の出雲での出来事とされる。追われた神が、追われた先で英雄になる――この転回そのものが、kd11 で小林が語った「性質の向きが変わる」という読みと、よく響き合っている。
皇統章 二(結)一女三男 ── 世に號するは是れなり底本 二九四〜二九五頁
原文
世號一女三男是也。
訓読
世に一女三男と號するは是れなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで世間でも子供を持てば女の子一人と男の子三人を持つのが洵に理想的であるという説もあるので、「一女三男」ということを言って居るが、これは伊弉諾・伊弉冉尊の御事蹟に基いて出来た所の伝説と思はれるのであります。
解説
神話が、民間の言い習わしに降りてくる。皇統章の重い議論の途中で、ふっとこういう話が挟まる。この講義の呼吸である。
「一女三男」――天照大神(女)と、月弓尊・蛭兒・素戔嗚尊(男三人)。素行は「世に一女三男と號するは是れなり」と、当時の俗説の出どころをここに求める。
名の由来を訪ねるという中國章以来の方法が、ここでは俗説の由来にまで及んでいる。由来を辿れば、それが何にもとづくかが分かる――素行の一貫した姿勢である。
次の段からは、話が「凡そ氣聚まりて形を生ずれば、則ち必ず其の精あり」――気と形と精の関係、そして君主とは何かという理論的な議論に入っていく。