天先章 一天先づ成りて地後に定まる ── 天地人の關係底本 一四九〜一五〇頁
原文
天先成。而地後定。然後神明生其中焉。其神號國常立尊。
一書曰。高天原所生神名。曰天御中主尊。
謹按。天者氣也。故輕揚。地者形也。故垂凝。人者二氣之精神也。故位其中。凡天地人之生。元來無先後。形氣神不可獨立也。天地人之成。未嘗無先後。氣倡之。形和之。神制之。蓋草昧屯蒙之間。聖神立其中。悠久而不變。是所以尊其神號國常天中也。
訓読
天先づ成りて地後に定まる。然して後神明その中に生る。その神を國常立尊と號す。
一書に曰く、高天原に生れたまふ神の名を天御中主尊と曰ふ。
謹んで按ずるに、天は氣なり、故に輕揚す。地は形なり、故に垂凝す。人は二氣の精神なり、故にその中に位す。凡そ天地人の生は元來先後あること無し。形氣神は獨立すべからず。天地人の成る、未だ嘗て先後なくんばあらず。氣これを倡ひ、形これを和し、神これを制するなり。蓋し草昧屯蒙の間、聖神その中に立ち、悠久にして變ぜざる、是れその神を尊びて國常天中と號する所以なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
天というものと地というものとは相対して居るものであるが、天というものが先ず成って、それから地というものが定まったので、相対しては居るけれども、天の方が地の本となって居るものであるように考えなければならない。それで天地が定まって其の中に神様がお生れになったので、其の神の御末が即ち天皇として、現に吾々の上に立ってお治め下さるのであります。そこで其の一番初めに天地の間にお生れになった神を國常立尊と申すのであります。
此の「國常立」という意味は、此の神が日本の國をお肇めになって、そうして此の神の御精神が永久に伝わって居るので、此の國常立という御称号を後世に至って定めた訳であります。「常立」ということは何時でも立って居る、即ち衰えない、亡びないという意味であります。今日では我が國をお治め下さる天皇は、此の國常立尊以来の御精神を受け継がるるものであり、また此の日本の國というものは國常立尊の当時立てられた國の性質を其のままに伝えて今日に及び、また今後も永久に伝えられて行くものと考えなければならぬのであります。
解説
『中朝事實』の冒頭。『日本書紀』神代上の第一句から説き起こす。
小林の講義は「常立」の二字に重心を置く。「何時でも立って居る、即ち衰えない、亡びない」――この読み方が、以後の全章を貫く。素行の原文「悠久而不變」を、小林は國體の連続性として受け取っている。
なお原文末尾は「國常天中」とあり、國常立尊と天御中主尊の二つの尊号を一語に畳んだ書き方になっている。小林はこれを「同じ神様」と見る立場で講じており、次段でその理由が述べられる。
山鹿素行全集版の対応箇所は『中朝事實』一・天先章 一節。
天先章 一(承)國常立神すなはち天御中主神 ── 「中」は統一の意底本 一五一頁
原文
一書曰。高天原所生神名。曰天御中主尊。
訓読
一書に曰く、高天原に生れたまふ神の名を天御中主尊と曰ふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
先ずこれが日本の國の肇まる時の事情で、また之に就いて他の説をも挙げ、素行自身の意見をも述べて参るのであります。そこで先ず他の説を挙げて見ると、或る説には高天原という所でお生れになった神の一番初めの方を天御中主尊と申すのだと申してあります。これは前に申した國常立尊と同じ神様で、神様として一番初めに出られた方が、或は國常立尊として伝わり、或は天御中主尊として伝わったのに相違ないのであります。
此の「天御中」ということは中央を掌るということだけの意味であります。「中」というのは統一の意味を表わして居るので、これは後の方を読んで見ますと愈々明かであります。即ち日本の國を統一される神様が天御中主尊なので、此の神様の御心持を伝えられた天皇、及び此の天皇のお治めになる日本國民も、世界を統一すべき國に生れたという自覚を持って居なければならないのであります。先ず自分達が正しい道を行って、そうして外の國にまでも感化を及ぼして、結局皆が正しくなるということが、日本國民の将来永く持ち続くべき所の理想でなければならぬのであります。
解説
『古事記』の天御中主神と『日本書紀』本文の國常立尊とを同一の神格と見る立場。素行が「一書曰」として並記したのを、小林は積極的に一つに読む。
眼目は「中」を「統一」と解するところにある。中國章一節の「中」=天地の中央という地理的な読みに対し、ここではまとめる働きとして読まれている。素行が「中」の一字に二重の意味を持たせたことの、小林なりの受け取り方である。
読むときの注意。「世界を統一すべき國に生れたという自覚」という一句は、昭和初期の講義であることを踏まえて読む必要がある。ただし小林はすぐに「先ず自分達が正しい道を行って」と、内を正すことが先だと限定を加えており、外への拡張を説いているのではない。素行が禮儀章・化功章で繰り返した「内より外に及ぶ」という順序と同じ枠組みである。
天先章 一(承)天地相應する力(一) ── 氣と形と、身體と心と底本 一五二頁
原文
天者氣也。故輕揚。地者形也。故垂凝。人者二氣之精神也。故位其中。
訓読
天は氣なり、故に輕揚す。地は形なり、故に垂凝す。人は二氣の精神なり、故にその中に位す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
更に此の事に就いて素行が自分の意見を述べて申しますには、天地というものが分れたということが初めにあるが、天というものは形のないものである。「氣」というのは形のないものである。それであるから此の天というものは軽くして上の方に在るのである。それから地というものは形のあるものである。形のあるものは重みを持って居るから、そうして固まって凡ての物を載せて居るのである。それから人というものは、身体を持ち心を持って居るので、これは此の天と地と両方の性質の凝って集まったものである。
身体は形がありますし、心は形がありませぬ。此の形のない心が形のある身体の中に宿って、そうして身体を動かして居る。決してどちらが特に大切だということはない。身体もなければならず、心もなければならぬのである。併しながら心が健全でなければ身体は全く動かぬのでありますから、両方共に大切であるけれども、何れが本であるかと言えば、心の方が本であると考えなければならぬ訳であります。斯様に身体と心との両方を持った所の人間が、此の天地の間に在って國を作って居るのであります。
解説
素行の「天は氣、地は形、人は二氣の精神」という三分を、小林は身体と心に置きかえて説く。抽象的な氣・形の議論が、ここで一気に身近になる。
眼目は「両方共に大切であるけれども、何れが本であるかと言えば、心の方が本である」という置き方。優劣を立てないと言いながら、本末は立てる――素行の議論の型(禮儀章 下七十節「禮ありて儀なきは可なり」など)と同じである。
天先章 一(承)天地相應する力(二) ── 輕重の區別を立つべきにあらず底本 一五二頁
原文
凡天地人之生。元來無先後。形氣神不可獨立也。
訓読
凡そ天地人の生は元來先後あること無し。形氣神は獨立すべからず。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
一体此の天地というものが成り立った以上は、どちらが先だ、どちらが後だといって、軽重の区別を立つべきものではないので、天があって地が無ければ、天は其の徳を完うすることは出来ない。また地があって天が無ければ、無論地は其の働きを為すことは出来ないのであるから、天地は相俟って行くのでありまして、一方を特に重んずるということはないのであります。また身体と心とも同様でありまして、身体を離れて心というものが存在される筈はないのであります。
併しながら、天地人という三つが相対して居る上に就いて考えて見れば、どちらも大切であるけれども、前後の順序がない訳ではない。天があって後に地があり、天地があって然る後に人があるという、此の順序は動かすべからざるものである。併し後に出来たものであるから価値がないと思うてはならぬ。先に出来ても後に出来ても、無ければならぬものは皆同じように重んじて行かなければならぬ訳であります。
解説
素行の原文は「元來先後あること無し」と「未だ嘗て先後なくんばあらず」という、一見矛盾する二句を並べる。小林はこれを「軽重の順序はない/前後の順序はある」と読み分けた。
存在としての優劣はない。しかし成り立ちの順序はある。後から出来たものに価値がないのではない――この読み方は、附録「或疑」六節の「紅藍紅を染めて、紅は藍より紅なり」(後世の修飾は素朴を裏切らない)とまっすぐつながる。『中朝事實』十五・或疑 六節を併せて読むと、素行の時間感覚がよく見える。
天先章 一(承)天地の化育を助くる力(一) ── 神これを制す底本 一五三頁
原文
天地人之成。未嘗無先後。氣倡之。形和之。神制之。
訓読
天地人の成る、未だ嘗て先後なくんばあらず。氣これを倡ひ、形これを和し、神これを制するなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで天が先ず成ったので、「氣之を倡ふ」――即ち無形なる所の天が初めに成って、他の働きを生み出して行くのであります。そうすると形のある所の地が之に応じて、即ち天の働きに相応じて、万物を生み万物を養う作用をするのであります。此の天地の働きというものを神が制して行く。「制する」というのは之を纏めて行くという意味であります。
人間があってこそ天も地も存在の意義があるので、天地があっても此の人間が無ければ、天は何の為めに在るか、地は何の為めに在るか、其の意義は全く失われるのであります。それですから「神之を制する」ということが最も肝要なのであります。
解説
「制する」を「纏めて行く」と訳したところが小林の講義の要である。制圧・支配ではなく、ばらばらのものを一つにまとめる働きと読む。
そのうえで「人間があってこそ天も地も存在の意義がある」と踏み込む。素行の原文にはここまでの言い方はない。天地の意味を人が与えるという、講義者の踏み込みである。
『中庸』の「天地の化育を賛く」を下敷きにしており、次段でその含意が展開される。
天先章 一(承)天地の化育を助くる力(二) ── 土を捏ねて器とし、木を培ひて材とす底本 一五三頁
原文
蓋草昧屯蒙之間。聖神立其中。悠久而不變。
訓読
蓋し草昧屯蒙の間、聖神その中に立ち、悠久にして變ぜざるなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで此の神の末を受けた所の人間でありますから、人間も何時でも此の天地の化育を助けるという心持でなければならない。無論人間の力で物を造り出す訳には行かない。併し人間の力が加わって、天地の働きが一層完全なものになるということを能く考えなければならぬのであります。例えば土という物を人間が造ることは出来ない。併しながら此の土を捏ねて器にすれば、元の土とは異ったものになるのであります。また木の種も人間が造り出す訳には行かない。併しながら木を培養して行けば、人間の力が加わって木はズンズンと育って、いろいろな木材等にもなる。凡て斯ういうような訳で、人は天地以外に立つということは出来ないけれども、人の力に依って天地の働きが益々発展して行くということを忘れてはならぬ訳であります。
そこで斯ういうような人間生活の手本となるべきものが日本なのでありますが、此の日本の初めに於ては「草昧」で、凡ての物がハッキリ分れて居ない。そうして「屯蒙」というのは易の言葉でありますが、まだ物事の発展しない、極く幼稚な状態を申すのであります。斯ういうように、此の世の中の事がまだ明かに分れなかった時代に、神々が此の天地の間にお立ちになりまして、此の國をお建てになったのであります。
解説
土を捏ねて器とし、木を培って材とする――この二つの比喩が、小林の「化育を助ける」の内容である。人は無から作れないが、加われば別のものになる。
「草昧」「屯蒙」はいずれも『易』の語で、素行が神代を語るときに好んで用いた。附録「或疑」四節「草昧の始、禮の全備は、これを求むべからず」、同五節の卵の比喩と同じ発想である(『中朝事實』十五・或疑 四節)。
はじまりが粗いのは当たり前で、恥じることではない。そこに人が加わって育っていく――素行と小林に共通する見方である。
天先章 二天道は息むこと無くして高明なり ── 天地と人道底本 一五四〜一五五頁
原文
夫天道無息。而高明也。地道久遠。而厚博也。人道恒久。而無疆也。天得其中。而日月明。地得其中。而萬物載。人得其中。而天地位。恒中之義。萬代之神聖。所以正其祚也。二神之迹。今雖不可知焉。竊幸得聞常中之二尊號。是本朝治教休明之實也。天下之治恒久。而萬物之情。可以觀之。至誠無息。以制其中。禮乃明也。政恒則不變。禮行則不犯。神聖之知德。萬世之規範也。
訓読
夫れ天道は息むこと無くして高明なり。地道は久遠にして厚博なり。人道は恒久にして疆り無きなり。天はその中を得て日月明らかに、地はその中を得て萬物を載せ、人はその中を得て天地位す。恒中の義、萬代の神聖、その祚を正しくする所以なり。二神の迹は今知るべからずと雖も、竊かに幸に常中の二尊號を聞くことを得たり。是れ本朝治教休明の實なり。天下の治恒久にして、萬物の情は以てこれを觀るべく、至誠息むこと無くして以てその中を制す。禮は乃ち明なり。政恒なれば則ち變ぜず、禮行はるれば則ち犯さず。神聖の知德、萬世の規範たらずとせんや。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の天地の働きというものを更に考えて見ると、天の道というものは息むことなく永く続きまして、そうして高く明かであります。これは易の中にも説いてあることでありまして、此の説明は大体易に基いて居るようであります。即ち此の天の道に基いて人の上に立つ者が大いに努めなければならぬということを、易の中に「君子以て自ら彊めて息まず」とありますが、天の働きというものも永久に極く健全に続くものであることを、易の中に「天の運行は健なり」と申して居るのであります。
また地というものも久遠で、これも其の働きが久しく後の後までも続くものであって、そうして厚博であります。「厚博」というのは、地というものは厚くて、如何なる力でも地の底まで届くということはどうしてもない。また広くして凡ての物を載せて、何物も地の外に出るということは出来ない。此の天地の働きが相俟って、そこで初めて凡ての物が養われて行くのであります。
解説
第二段。天・地・人それぞれの道の性質を並べる。天=無息にして高明/地=久遠にして厚博/人=恒久にして無疆。
小林はこの三句をすべて『易』乾・坤の卦に引きつけて説く。「天行は健なり、君子以て自彊して息まず」(乾卦・象伝)、「地勢は坤なり、君子以て厚德もて物を載す」(坤卦・象伝)。素行が明示していない典拠を、講義者が補っている箇所である。
この読み方が正しいかどうかは別として、素行の天地論が『易』の枠組みの上に立っているという指摘そのものは的確で、後の陰陽五行の一段(第五段)を読むための準備になっている。
天先章 二(承)人道は恒久にして疆り無し ── 生活は變つても道は變らぬ底本 一五五頁
原文
人道恒久。而無疆也。
訓読
人道は恒久にして疆り無きなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また人間は此の天地の間に立って居る者でありますから、人間の道というものも「恒久」で、何処までも変らないで続くべきもので、人間の世には疆りなく道が栄えて行かなければならぬのであります。
人間の生活状態は日々夜々に変って行くのであるから、道というものに就いても永久に変らない道はないのであろう、というように考える人もありますけれども、それは間違いでありまして、生活状態は始終変って行っても、其の生活を営んで行く所の人間の本性というものには変りはないのであります。それであるから、今より何千年前に説かれた聖賢の教を今日に於て学んでも、如何にも自分達に適切であるということが感ぜられるので、これ等の点を以て見ても、人間の生活状態は変っても、人間たる所の道に変りはないということは自ら明かであります。
解説
「生活状態は始終変って行っても、其の生活を営んで行く所の人間の本性というものには変りはない」――古典を今読むことの意味を、小林がまっすぐに述べた一段。
この論法は素行自身のものでもある。附録「或疑」二十節「禮に一定の則ありて、一定の事なし」――変わらない原理と変わってよい形とを分ける、あの結論と同じ構えである(『中朝事實』十五・或疑 二十節)。
小林は「本性は変わらない」の側から、素行は「事は変わってよい」の側から、同じ一つのことを言っている。
天先章 二(承)恒久と中正(一) ── 中を得るとは働きが正しくして變らぬこと底本 一五六頁
原文
天得其中。而日月明。地得其中。而萬物載。人得其中。而天地位。
訓読
天はその中を得て日月明らかに、地はその中を得て萬物を載せ、人はその中を得て天地位す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
一体天というものはどうして永く続くのであるかと言えば、中を得て居るからである。中を得るというのは、其の働きが正しくして変らぬことであります。それからまた、地というものが凡ての物を載せて少しも漏さぬというのも、やはり其の中を得て居るからである。即ち断えず地たる所の道を全うして居るから、崩れず衰えずして永く栄えて行き、万物を養って行くのである。また人も其の中を得て、人の人たる所の本性を全うして行くから「天地位す」、即ち天地の働きを助けて、此の天地の間に在って人の生活というものが何処までも発展をして行くのであります。
詰り言うと「恒である」ということと、「中を得る」ということと、此の二つの意義が、天地の栄える本でもあり、人間の生活の永久に続く本でもあるのであります。
解説
「中を得る」を「働きが正しくして変らぬこと」と訳したのが小林の解である。中庸の「中」を、位置の中央ではなく過不足なく働き続けることと読む。
そして「恒」と「中」の二字が、この章の結論として据えられる。次段でこの二字が神名に結びつけられる。
天先章 二(承)恒久と中正(二) ── 常と中との二尊號底本 一五六頁
原文
恒中之義。萬代之神聖。所以正其祚也。二神之迹。今雖不可知焉。竊幸得聞常中之二尊號。是本朝治教休明之實也。
訓読
恒中の義、萬代の神聖、その祚を正しくする所以なり。二神の迹は今知るべからずと雖も、竊かに幸に常中の二尊號を聞くことを得たり。是れ本朝治教休明の實なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それ故に、是れから後永久に栄えて行く日本の國の初めを成した所の御名を國常立尊とも申上げ、また天御中主神とも申上げるので、其の「恒」ということ、若しくは「中」ということの意義を顕わされた神様が此の國をお肇めになって、其の後をお承けになった天皇が永く此の國をお治めになり、御位を保っていらっしゃるのであります。
それで、此の國常立尊若しくは天御中主尊と申上げる神様の御事蹟の詳しい事は判らないが、此の「國常立」といい「天御中主」という、其の御名が伝わって居って、此の神がどういう徳を具えていらしったかということはよく解る。また此の神のお開きになった日本の國というものが、どういう本性を具えて行かなければならぬかということも能く解るのであります。
解説
事蹟は分からないが、名は伝わっている――だから神の徳も、国の本性も分かる、という論法。
これは素行の「名は實の著なり」(賞罰章八節)とまったく同じ考え方である。名と実とは切り離せない。名が残っていれば、実もそこから読める。
素行の原文「二神の迹は今知るべからずと雖も、竊かに幸に常中の二尊號を聞くことを得たり」は、記録の乏しさを認めたうえで、なお名から実を読もうとする宣言である。附録「或疑」八節「典籍は史氏その事を記すのみ」と併せて読みたい。
天先章 二(承)禮は乃ち明なり ── 人格を重んずるといふこと底本 一五七頁
原文
天下之治恒久。而萬物之情。可以觀之。至誠無息。以制其中。禮乃明也。政恒則不變。禮行則不犯。神聖之知德。萬世之規範也。
訓読
天下の治恒久にして、萬物の情は以てこれを觀るべく、至誠息むこと無くして以てその中を制す。禮は乃ち明なり。政恒なれば則ち變ぜず、禮行はるれば則ち犯さず。神聖の知德、萬世の規範たらずとせんや。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
上に立つ方が自ら彊めていらっしゃるから、此の上にいらっしゃる方の誠心が自ら下を感化して、下の者も誠心を以て銘々の事を励むようになり、お互いに至誠を以て息むことなく励むから自ら其の中を得て、即ち天地の中に在って謂わゆる天地の化育を助けて、人生の意義を全うするということも出来るのであります。此の自然の順序、自然の統一というものを表わしたものが、即ち禮というものであります。
「禮」というのは、人々が互いに重んじ合い、また互いに敬い合う所の心持を表わしたものであります。即ち人というものは天地の働きを全うすべき本性を持って居るのであるから、どういう地位に居る者でも、どういう職業に携わる者でも、皆人として価値がある。其の人の価値を認めてお互いに重んじ合うということが、即ち禮ということの根本であります。それであるから、禮というものがあって初めて世の中が明るくなる。即ち人々が互いに喜び、互いに満足するということになるのであります。
解説
禮=人格の相互承認。小林はここで、素行の「禮は乃ち明なり」をそう訳した。
「どういう地位に居る者でも、どういう職業に携わる者でも、皆人として価値がある。其の人の価値を認めてお互いに重んじ合うということが、即ち禮ということの根本であります。」――昭和初期の講義としては、注目してよい踏み込みである。
素行の禮儀章一節「禮は天地の序なり」から始まる長い禮論も、突きつめれば相手を人として扱うことに帰する。禮儀章 上三節「無狀とは禮儀なきの言なり」(強い者が何をしてもとがめられなくなる状態)が、その裏返しである(『中朝事實』九・禮儀章 上三節)。
天先章 二(承)本性を本にして政治の本を立つ ── 相犯さず底本 一五七頁
原文
政恒則不變。禮行則不犯。
訓読
政恒なれば則ち變ぜず、禮行はるれば則ち犯さず。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の人間の本性を本にして政治の本を立てれば、其の政治は永く変らない。即ち人間の本性が根柢であるから、変ろう訳はないのであります。そこで政治がよく行届き、世の中が治まって、そうして其の治まった世の中に禮というものが行われて行けば「相犯さず」――人々が互いに侮ったり、互いに敵とし合うというようなことはない。即ち今日の言葉で言えば、お互いに人格を重んずるということでありまして、國は永く栄えて行くのであります。
此の一切の事は皆昔の神々の御徳を本とするのでありますから、此の神々の御徳というものは、実に万世の手本となるべきものと申さなければならぬのであります。斯様にして日本の國が永く栄えて参りますれば、此の日本の國の感化を受けて外の國々も皆栄えて行くようになり、即ち全体の幸福の基礎が茲に立つと申して宜しい訳であります。
解説
第二段の結び。「政治の本を人間の本性に置けば、政治は変らない」――制度をどう作るかではなく、何の上に立てるかを問う。聖政章二節「政の要は民心と習俗とを察するに在り」と同じ立場である。
末尾の「日本の國の感化を受けて外の國々も皆栄えて行く」は、化功章七節「治敎の道は、内より外に及び、近きを先にして遠きを後にす」の言い換えで、素行の枠組みそのものである(『中朝事實』十四・化功章 七節)。
読むときの注意。昭和初期の講演でこの一句が持ちえた響きは、素行の文脈とは別のものでありうる。ただし小林は一貫して「まず内を正す」という順序を崩しておらず、外への働きかけを説く言い方はここにも現れていない。
天先章 三神神相生じ、乾坤の道相參じて化す ── 天神七代底本 一五八頁
原文
凡神神相生。乾坤之道相參而化。所以成此男女。自國常立尊迄伊弉諾尊。伊弉册尊。是謂神世七代者矣。
謹按。次第之天神生生。悠久之間。因天地之實。以建此皇極也。此間不可容庸愚之舌頭。
訓読
凡そ神神相生じ、乾坤の道相參はりて化す。此れ男女を成す所以なり。國常立尊より伊弉諾尊、伊弉册尊に迄る、是れを神世七代とは謂ふなり。
謹んで按ずるに、次第の天神生生し、悠久の間、天地の實に因りて以て此の皇極を建てしなり。此の間庸愚の舌頭を容るべからざるにあらずや。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
斯様にして、國常立尊若しくは天御中主尊と申上げる神様が御始めで、それから神々が続いて此の國にお生れになった。一体此の天地の間の凡ての物は「乾坤」――即ち陰陽の気というものの働きから出来て来たので、此の陰陽の道に依って天地も発展し、また凡ての物も出来て行く。此の陰陽の働きが人間に現われたものが、即ち男女というものである。それであるから、日本の神代に於ても國常立尊の後に来って伊弉諾尊、伊弉册尊という二柱の神がお生れになって、そうして此の神々が男女の道をお開きになったということになるのであります。
解説
第三段。乾坤(陰陽)の交わりが、人においては男女となるという筋道。
ここで注意したいのは、素行も小林も神々の系譜を語る目的が男女・夫婦の成立にあると読んでいることである。神世七代は単なる系図ではなく、人倫がどこから始まったかの説明として置かれている。
末尾の「庸愚の舌頭を容るべからず」――愚かな者が口をはさむ余地はない――は、素行にはめずらしく議論を打ち切る言い方で、次段で小林がこれを取り上げる。
天先章 三(承)夫婦の意義 ── 子孫を遺すことだけを主として考へてはならない底本 一五九頁
原文
乾坤之道相參而化。所以成此男女。
訓読
乾坤の道相參はりて化す。此れ男女を成す所以なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の男女が相対立して居るということは、要するに陰陽の働きを事実の上に表わしたものでありまして、男女が夫婦となって子孫が生れるということが、即ち人の道の果てもなく続いて行く根本なのであります。併しながら、男女が夫婦となるということは、ただ子孫を遺すということだけを主として考えてはならない。
元来男は陽の徳を具え、女は陰の徳を具えて居る。此の陰陽がお互いに助け合い補い合わなければ、天地の化育というものも行われるものではない。人間に於ても男には男の特性があり、女には女の特性があるので、此の男と女とが助け合って各々其の特性を発揮することに依って、家も斉い國も盛んになるのであります。それであるから、子孫を栄えさせるということも勿論大切であるけれども、併し夫婦の生活其のものが人生を完全にするものである、というように考えなければならぬのであって、此の点は特に注意を要する訳であります。
解説
「ただ子孫を遺すということだけを主として考えてはならない」――家の存続のためだけに夫婦があるのではない、と小林ははっきり否定する。夫婦の生活そのものが人生を完全にする。
昭和初期の家制度を前提にした講義のなかで、この一句は際立っている。素行の原文は「男女之禮を定む」としか言っておらず、ここは講義者の踏み込みである。
ただし「男は陽の徳、女は陰の徳」という枠組みそのものは当時の通念に立つもので、そのまま受け取れるものではない。役割を固定する言い方と、夫婦を目的として見る言い方とが同居している一段として読みたい。
天先章 三(承)解説の不可能 ── 細かい事は彼れ此れ穿鑿しない底本 一五九頁
原文
因天地之實。以建此皇極也。此間不可容庸愚之舌頭。
訓読
天地の實に因りて以て此の皇極を建てしなり。此の間庸愚の舌頭を容るべからざるにあらずや。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
尚ほこれに就いて素行が自分の考えを述べて言うのに、此の天神が生々として永い間に発現していらっしゃったということは、天地の道に基いて「皇極を建てる」、即ち天皇の國をお治めになる所の根本をお定めになったことであって、此の間に於けるいろいろな事実は、何分にも世が久しくして神代のことに属するのであるから、普通の人間が彼れ此れと考慮することも出来ず、また説明することも出来ないのである。或は試みに説明を加える人もあるけれども、後世になって之を推測って如何に説明をしても、到底説明することの出来ないものであるから、非常に洪大な御徳をお具えになった神様が世の中に御出現になって、此の日本の國の基をお建てになった、というように大体としての解釈をして行けば宜しいのであります。
解説
素行の「庸愚の舌頭を容るべからず」を、小林は「大体としての解釈をして行けば宜しい」と受ける。神代の細部を実証的に説明しようとするな、という方法上の指示である。
この態度は素行自身にもある。神器章・祭祀章で素行はしばしば「これを知るべからず」と言い、そこで筆を止めた。分からないところを分からないままにしておくのは、この書の一貫した作法である。
次段で、小林はこの姿勢を当時の国学者への批判として具体化する。
天先章 三(承)國學者の穿鑿を難ず ── 遠いことは遠いものとして底本 一五九頁
原文
此間不可容庸愚之舌頭。
訓読
此の間庸愚の舌頭を容るべからざるにあらずや。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の素行の意見は如何にも尤もでありまして、國学者というような人々の中には、神代のことに就いて一々微細な点まで理窟を付けて説明する人もありますけれども、これは何分にも遠いことでありますから、そう今日の吾々の思想で解釈し説明し尽せないことが幾らもあります。
併し日本の國が現に斯様に栄えて居り、また日本の歴代の天子様が非常に勝れた御徳を具えていらっしゃるということを以て見ますと、其の淵源する所が非常に遠くて、また昔の神々の御徳が実に洪大でいらしったということが解るのでありますから、斯う大体を解釈して、細かい事は彼れ此れ穿鑿しないというのが、最も当を得たことに相違ないのであります。
解説
国学者の神代解釈への批判。小林は「そう今日の吾々の思想で解釈し説明し尽せないことが幾らもあります」と、時代の隔たりを認めることを説く。
ただし後半の論法――現に国が栄えているから、その源も洪大だったに違いない――は、結果から原因をさかのぼって推す議論であって、証明にはならない。素行が附録「或疑」九節で『春秋』の記録の多寡から人材の優劣を論じたのと、同じ弱さを持っている(『中朝事實』十五・或疑 九節)。
穿鑿を戒める姿勢と、根拠の弱い推断とが同居している。ここは分けて読むのがよい。
天先章 四伊弉諾尊・伊弉册尊、國中の柱を巡りて男女の禮を定む底本 一六〇〜一六一頁
原文
伊弉諾尊。伊弉册尊。巡國中之柱。定男女之禮。生大八洲。及海川山草木鳥獸魚蟲。致蒼生可食活。教養蠶之道。生諸神。定其分。功旣至。德亦大。靈運當遷。寂然長隱者矣。
謹按。伊弉諾伊弉册者。陰陽唱和之發語也。二神者。陰陽之全集。故以奉此尊號也。蓋草昧悠久之間。天神生生之後。二神初立中國。而正男女大倫。男女者是元陰陽之本。五倫之始也。有男女。而後夫婦父子君臣之道立。二神終制大八洲。奠山川。導河海。草木種藝鳥獸得其處。斯而人始得平土。播五穀。植桑麻。而蒼生之衣食居足。旣足則不無教戒。故命諸神聖。以有其境。二神之功業。萬世以免左袵。丕顯哉。丕承哉。
訓読
伊弉諾尊、伊弉册尊は國中の柱を巡りて男女の禮を定む。大八洲及び海、川山草木鳥獸魚蟲を生みて、蒼生の食ひ活くべきを致す。養蠶の道を教へ、諸神を生みて其の分を定む。功旣に至り、德も亦大なり。靈運當に遷り、寂然として長く隱るる者なり。
謹んで按ずるに、伊弉諾、伊弉册は陰陽唱和の發語なり。二神は陰陽の全集なり。故に以て此の尊號を奉るなり。蓋し草昧悠久の間、天神生生の後、二神初めて中國を立てて、男女の大倫を正す。是れ元陰陽の本、五倫の始なり。男女ありて而して後に夫婦、父子、君臣の道立つ。二神終に大八洲を制し、山川を奠め、河海を導き、草木、種藝、鳥獸其の處を得。斯くて人始めて平土を得て五穀を播き桑麻を植う。而して蒼生の衣食居足る。旣に足れば則ち教戒なくんばあらず。故に諸を神聖に命じ、以て其の境を有つ。二神の功業は萬世以て左袵を免る。丕に顯らかなる哉、丕に承かなる哉。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
伊弉諾尊、伊弉册尊の御二方が柱を中心にして互いに旋り合って、御夫婦の約束を定められたということが伝えられて居るのでありますが、其の柱というのは吾々の眼に見えるような柱を謂うのではないので、詰り中央の所に集まってという意味と考えられるのであります。そうしてお互いに夫婦の約束をなされたというのであります。
解説
第四段。『中朝事實』のなかでもっとも具体的な一段で、国土の生成・産業の起こり・人倫の成立が一続きに語られる。
素行の按語が「男女者是元陰陽之本、五倫之始也」と置いたところが要である。夫婦が五倫の始まり――君臣でも父子でもなく夫婦を起点に置く。これは『中庸』の「君子の道は夫婦に造端す」を踏まえる。
「柱を巡る」を実在の柱ではなく「中央に集まる」の意と取るのが小林の解。神話の具象を抽象に読み替える、この講義に一貫した姿勢である。
末尾の「萬世以て左袵を免る」は『論語』の管仲評から採った言い方で、二神の功を「未開に落ちずにすんだこと」として測る。
天先章 四(承)陽神先づ唱ふ ── 順序といふことの重さと、その讀み方底本 一六一〜一六二頁
原文
巡國中之柱。定男女之禮。
訓読
國中の柱を巡りて男女の禮を定む。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
其の時初めに伊弉册尊の方から声を掛けられた所が、伊弉諾尊はこれを否定されて、一体男女共に在る以上は其の間に順序がなければならぬ。即ち男の方から物を定めて、女がこれを助けるというのが当然の順序である。然るに今夫婦の約束をする場合に、女たる者が先に声を掛けるということは順序に背いて居る。そういう道に背いたことをして夫婦の関係を定めたのでは、子孫も必ず満足には栄えて行くまい。これは言い直さなければならぬと仰しゃって、それからまたモウ一度言い直して、今度は男の神である伊弉諾尊の方から声を掛けられ、それに女の神である伊弉册尊が之に応ぜられて、然る後に御二方の夫婦の関係が定まったということになって居ります。
これは決して女を軽んずるという訳ではありませぬけれども、男は陽を表わし女は陰を表わす、男は天に法り女は地に法るのでありますから、どうしても天は地に先だち、陽は陰に先だつというのが自然の順序なので、此の順序に違うては家も全うすることは出来ない。また家が全うされないようでは國も栄えて行かないし、子孫も正しく其の生を遂げて行くことは出来ないのでありますから、此の事は非常に大切なものとして昔から伝えられて居るのであります。
解説
読むときの注意を要する一段。『日本書紀』神代上の「陰神先づ唱へて曰く…是に二神却りて」の記事を、小林は男女の順序を天地・陰陽の順序で正当化する方向で講じている。
「決して女を軽んずるという訳ではありませぬけれども」と断りながら、結論は男が先・女が従である。これは昭和初期の家族規範をそのまま神話に読み込んだもので、今日そのまま受け取れる議論ではない。
もっとも、この読み方は小林の創案ではなく『日本書紀』の記述そのものに由来し、素行の按語も「陰陽唱和」を前提に立てている。ただし素行は「二神は陰陽の全集なり」――二神で一組の完全体だ――とも言っており、優劣ではなく対の不可分に力点を置いている。小林が前段(第三段)で「夫婦の生活其のものが人生を完全にする」と述べたのも同じ方向である。
順序を説く箇所と、対等を説く箇所とを、切り分けて読むのが妥当だろう。
天先章 四(承)大八洲を生む ── 秩序を立てるといふこと底本 一六二頁
原文
生大八洲。及海川山草木鳥獸魚蟲。致蒼生可食活。
訓読
大八洲及び海、川山草木鳥獸魚蟲を生みて、蒼生の食ひ活くべきを致す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで先ず御夫婦の道が定まりまして、此より御二人の神々が力を協せて國土を経営されるということになったのであります。それで「大八洲」――即ち日本の國土の中には山もあれば川もあり、草木鳥獣というような一切のものがある。斯ういうものを「生んだ」というのは、詰り其等のものの間に秩序を立てたということを意味するのであります。
そうして人間は有らゆる生命のある物の中では一番上に立つべきものでありますが、此の人間が天地の間に於て、謂わゆる人生の生活というものを健全に送るという土台が出来た訳であります。
解説
「生んだ」を「秩序を立てた」と読み替える――この講義でもっとも大胆な解釈のひとつ。神話の「生成」を統治と整序として読む。
素行の按語も同じ方向で、「山川を奠め、河海を導き、草木種藝、鳥獸其の處を得」と、生むというより配置する言い方をしている。小林はそれを受けて明確にした。
この読み方によって、次段の「五穀を播き桑麻を植う」――産業の起こり――へ自然につながっていく。
天先章 四(承)五穀を播き桑麻を植う ── 衣食住足りて敎戒あり底本 一六二〜一六三頁
原文
斯而人始得平土。播五穀。植桑麻。而蒼生之衣食居足。旣足則不無教戒。故命諸神聖。以有其境。
訓読
斯くて人始めて平土を得て五穀を播き桑麻を植う。而して蒼生の衣食居足る。旣に足れば則ち教戒なくんばあらず。故に諸を神聖に命じ、以て其の境を有つ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また食物ばかりあっても生活の出来るものではなく、人間に必要なものは衣食住でありますから、蚕を飼う道を教え、それから又いろいろな神々をお生みになるというのは、子孫がだんだんと繁昌して行く意味であります。子孫が繁昌して、衣食住にも不自由なく、力を協せて此の國土を経営するということになりまして、各々が皆其の処に安んずるという結果を生じたのであります。
解説
衣食住が足りて、はじめて教戒がある――素行の「旣に足れば則ち教戒なくんばあらず」という順序は、『管子』の「衣食足りて栄辱を知る」以来の考え方である。
小林はここで「食物ばかりあっても生活の出来るものではなく」と、衣・住まで含めて説く。神代を語りながら、話が生活の現実に降りてくるのがこの講義の持ち味である。
素行が禮儀章 上十七節で「建儲+論敎」、聖政章十八節で「修身+制度」と二本立てにした論法が、ここでは生活の充足+教えという形で現れている。
天先章 四(承)二神の餘德 ── 御姿は見えないが、事業は殘る底本 一六三頁
原文
功旣至。德亦大。靈運當遷。寂然長隱者矣。
訓読
功旣に至り、德も亦大なり。靈運當に遷り、寂然として長く隱るる者なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それでありますから、此の御二人の神々の功徳というものは実に大きいので、其の功、即ち事実に現われた所の結果も大きいし、また其の御徳は申すまでもなく洪大である。即ち其の御余徳が後世にまで及んで、後の者は皆此の伊弉諾・伊弉册尊の為されたことをお手本として一切の事に当るのでありますから、其の遺されたる所の御徳というものも実に無限と申すべきものであります。
そこで「霊運」というのは不思議な働きという意味で、詰り此の神々の御働きがだんだん事実の上に現われて参りました。そうして此の神々は世の中をお去りになって、寂然として長く隠れて、モウ後になれば此の御姿を見ることは出来ない。併しながら其の御姿は見えないけれども、其のお遺しになった御事業というものは後までも伝わって、此の二方の御精神は永く後世にまでズット続いて居るのでありますから、斯ういう意味から言えば、たとい御姿は見えないでも、現に此処に在らっしゃるものと考えて差支えない訳であります。
解説
「御姿は見えないでも、現に此処に在らっしゃるものと考えて差支えない」――祭祀の根拠を、はたらきの継続に置く言い方である。
素行は祭祀章三節で「天祖の靈は物に體して遺さず。然れども宗廟の設、神主の寄るところなければ、汎乎として定むべからず」と述べ、形(依代)が要る理由を説いた。小林はその手前、「事業が残っているから、居ると思ってよい」という側から言っている。『中朝事實』十四・祭祀章 三節と併せて読みたい。
「寂然として長く隠るる」の一句を、消滅ではなく姿を退いただけと読む――日本の神観の要点がここに出ている。
天先章 四(承)陰陽唱和 ── 「いざ」といふ言葉底本 一六三〜一六四頁
原文
謹按。伊弉諾伊弉册者。陰陽唱和之發語也。二神者。陰陽之全集。故以奉此尊號也。
訓読
謹んで按ずるに、伊弉諾、伊弉册は陰陽唱和の發語なり。二神は陰陽の全集なり。故に以て此の尊號を奉るなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の事に就いて素行が尚ほ自分の考えを述べて申しますには、伊弉諾・伊弉册尊という御名前は後世から付けた所の尊称であって、陰と陽とが互いに一致するに当っては、陽の方が唱えて陰の方が和する。即ち陰陽両方の力が合致することに依って、一切の働きが生み出される。人間も其の通りであって、男が唱えて女が和する。そうして夫婦の関係というものがここに結ばれて、此の夫婦の中から子孫が生れる。また夫婦が集まって其の家を斉えることが、國を発展せしむる土台となる。要するに此の「唱和」ということが根本なのであります。
其の唱和するのに、両方が「さア是れからお互いに力を協せて尽そう」と言う、其の「さア」というのが即ち「いざ」という言葉なので、先ず「いざ」と男の方が唱えて、女の方も「いざ」とこれに応ずる。斯ういう所から「いざなぎ」「いざなみ」という言葉が出て来る。
解説
「いざなぎ」「いざなみ」=「いざ」+「なぎ(男)」「なみ(女)」と読む語源説。素行の按語「陰陽唱和の發語なり」を、小林が具体的な言葉の姿に落としたものである。
この語源解釈は現在の国語学では支持されていない(「いざなふ」=誘うの意とする説が有力)。ただし素行も小林も、語源そのものより「唱えて和する」という関係の型を言いたいのであって、そこが眼目である。
素行の「二神は陰陽の全集なり」――二神で陰陽の全部が揃う――という一句は、優劣ではなく対でひとつという見方を示している。
天先章 四(承)五倫の始 ── 人の有らゆる關係は夫婦から始まる底本 一六四頁
原文
男女者是元陰陽之本。五倫之始也。有男女。而後夫婦父子君臣之道立。
訓読
男女は是れ元陰陽の本、五倫の始なり。男女ありて而して後に夫婦、父子、君臣の道立つ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
即ち男女の特性を各々発揮して、互いに助け合って行くという、此の道徳の根本が、伊弉諾・伊弉册という御名前に依って既に顕わされて居ると謂うべきであります。詰り伊弉諾、伊弉册の二柱の神は、陰陽というものが集まって其の働きを全うするということの初めであるから、それで後世から伊弉諾・伊弉册尊という尊号を奉って、斯ういう御名前を永く歴史の上に伝えて来たのであります。
此の男女の別があるということは、もともと陰陽の別が人間に現われたものなので、男女が各々其の分を守り、其の責を全うするという所から「五倫」――即ち人間の道というものが起って来るのであります。「五倫」というのは君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友というようなものでありますが、要するに人間の有らゆる別であります。此の人間の有らゆる関係というものは、男女の夫婦生活を営むという所から始まる。
解説
第四段の結び。五倫の起点を夫婦に置く。君臣でも父子でもない。
これは儒学のなかでも意識的な選択である。『中庸』の「君子の道は夫婦に造端す」、『孟子』の五倫の並べ方を踏まえつつ、素行は「男女者是元陰陽之本、五倫之始也」と明言した。
神代の物語を人倫の起源譚として読み切る、この章の到達点である。次段からは話が転じて、天地生成の理論――陰陽五行の説明に入る。
天先章 四(承)生活の安定が凡ての根本 ── 生きられずに道を學ぶ餘裕はない底本 一六五頁
原文
斯而人始得平土。播五穀。植桑麻。而蒼生之衣食居足。
訓読
斯くて人始めて平土を得て五穀を播き桑麻を植う。而して蒼生の衣食居足る。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで此の伊弉諾・伊弉册尊が大八洲を制定されて、それから山川というようなものも河海というようなものも各々其の処を得、草木から「種藝」――というのは穀物のようなものであります――其の他鳥獣までも皆其の処を得るようになって、そこで人民も其の中に安んじて各々生を遂げることが出来ましたから、銘々其の所々に家を造り住居を定めて、そうして五穀を播き、或は桑を植えて養蚕を致し、麻を植えて着物の材料を得るということになって、そこで初めて生活というものが安定したのであります。
此の生活を安定せしむるということが凡ての根本でありまして、既に人々が其の生活に安定し得て後に、これに教えを与えるということが出来るのであります。生きることが出来ないで道を学ぶなどという余裕のあろう訳はない。既に生活が安定すれば、此の生活の安定を永く保ちたいという望みが無論起きます。
解説
「生きることが出来ないで道を学ぶなどという余裕のあろう訳はない」――この一句は、講義全体でもっとも直截な物言いのひとつである。
教えは生活の上に立つ。順序を逆にはできない。素行の「旣に足れば則ち教戒なくんばあらず」という一句を、小林はここまで押し広げて読む。
神治章・聖政章で素行が繰り返した「民の生を厚くするを先とす」という考え方と一続きである。神代の話をしていながら、内容は徹底して現実的である。
天先章 四(承)敎を立つる時機 ── 安定を保ちたいと思つたときに底本 一六五〜一六六頁
原文
旣足則不無教戒。
訓読
旣に足れば則ち教戒なくんばあらず。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
ところが若し多勢の人の中に、自分の欲を恣にして他の者を妨げても構わぬというような者があると、其の為めにお互いの生活の安定が壊られる。それでありますから、生活が安定して後に、此の安定を永く保ちたいという望みが起って、そこで初めて教えを学ぼうという心持が出来て来るのであります。どうか此の平和な生活を保ちたい、それにはお互いが自分の勝手を制して行かなければならぬということに気が付く。此処に人々の気が付いたという機会を逸せずして、其の中の殊に勝れた人が人間の道を教え、又ただ其の平和を保つだけではなく、人々をして更に其の生活を発展せしむるような道をも立てるのであります。
それでありますから、人間には教えというものが無ければならぬけれども、其の教えを初めから説くよりも、先ず其の生活を安定せしむべき道を立てて、然る後に教えを説くということでなければならぬ。これは何れの國でも同様であります。併し其の生活ということに余り重きを置き過ぎて、それだけを主にして行くと、ただ争いが繁くなるばかりでありますから、そこで生活の安定を与えるということと、教えを与えるということと並び行うようにして行くのが聖賢の道であります。
解説
教えが必要になる瞬間を、小林は具体的に描く。「どうか此の平和な生活を保ちたい、それにはお互いが自分の勝手を制して行かなければならぬということに気が付く」――そこが教えの立つ時機である。
そして「機会を逸せずして」。時が来なければ教えは入らない。附録「或疑」五節の卵の比喩「卵仁に向かひてこれを求むるは、太だ早計なり」と同じ時間感覚である(『中朝事實』十五・或疑 五節)。
結びは素行に一貫した二本立ての論法――生活の安定+教え。どちらか一方では足りない。
天先章 四(承)境を有つ ── 各自に其の分を定め、其の職を分つ底本 一六六頁
原文
故命諸神聖。以有其境。二神之功業。萬世以免左袵。丕顯哉。丕承哉。
訓読
故に諸を神聖に命じ、以て其の境を有つ。二神の功業は萬世以て左袵を免る。丕に顯らかなる哉、丕に承かなる哉。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
斯様にして人々の生活も安定し、また教えも立つということになりまして、それから「神聖に命じ」というのは、多くの神々に命ぜられて、それぞれの境遇を安定して、それぞれの職に力を尽させるということになって参るのであります。此の「境を有つ」というのは、自分に与えられたる土地を保って居るという意味だけではなく、各自に其の分を定め其の職を分って、各々為すべき事に皆力を尽して行くということであります。
斯様にして日本の國の土台が出来たのでありますから、此の伊弉諾尊、伊弉册尊の御二方の御功業というものは万世の後までも伝わるのであります。若し斯ういうような道が立たなかったならば、たとい生きることは出来ても、人間らしい生き方は出来ないのでありまして、即ち全くの野蛮の生活に過ぎぬのであります。支那では「左袵」という語を野蛮な者、或は未開の者という意味に始終用いて居ります。「左袵」というのは、野蛮の國の者は着物をひだりまえに着て居ったので、それですから「左袵を免る」というのは、野蛮人の生活を脱して本当に意義ある生活に入ったという意味であります。
解説
「境を有つ」を土地ではなく「分と職」と読む。領域の確保ではなく社会的分業の成立と解する。素行の簡潔な四字を、統治の実質へ引き寄せた読み方である。
「左袵を免る」は『論語』憲問篇の管仲評「管仲微りせば、吾れ其れ髪を被り袵を左にせん」による。素行は二神の功をこの一句で測った。
読むときの注意。「左袵=野蛮」という語法は、中華の側が周辺の民族を指して用いた言い方である。素行はそれを日本に適用して自国の文明を誇ったが、枠組み自体は華夷の観念に立っている。附録「或疑」十七節で素行が「過厚(外朝)と淸薄(西蕃)の間に本朝を置く」と論じたのと同じ構図で、比較の基準を自分の側に置いた議論であることを踏まえて読みたい(『中朝事實』十五・或疑 十七節)。
天先章 四(結)丕に顯かなる哉、丕に承かなる哉 ── 日本に道の立つた初め底本 一六七頁
原文
二神之功業。萬世以免左袵。丕顯哉。丕承哉。
訓読
二神の功業は萬世以て左袵を免る。丕に顯らかなる哉、丕に承かなる哉。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
斯ういうような意義ある生活に入ったのは、もとより此の伊弉諾・伊弉册尊の御二方に因るのであるから、実にこれは大いに顕かなるものであり、またこれは実に後の世の手本となるべきものであります。此の上の「顕」という字は誰も仰ぎ見るものであるという意味であり、また下の「承」という字は後の世に伝わるという意味であります。それですから、此の御二方の御骨折りは誰も仰ぎ見る所であり、また誰もこれを仰ぎ見てお手本として、其の御趣意を後までも伝えて行くので、これが先ず日本の國に道というものの立った初めであると考えられて居るのであります。
解説
第四段の結び。「顯」=仰ぎ見られる/「承」=受け継がれるという字義の説き分けが要点。
「丕顯哉、丕承哉」は『詩經』周頌や『書經』に見える定型句で、周の文王・武王の功を称える言い方である。素行は漢籍の最上級の讃辞を、そのまま二神に用いた。
形式は漢籍から借り、中身は自国の古典で満たす――禮儀章・祭祀章に一貫する素行の方法が、ここにも出ている。
天先章 五天地は陰陽の大極なり ── 陰陽の作用底本 一六七〜一六八頁
原文
以上論天地生成之義。
謹按。天地者陰陽之大極也。陰陽甚殊其用。而互交其根。遠而近。近而遠。所其形有五。所謂木火土金水也。木火者陽。而金水者陰也。土者兼其二。而位其中。陰必含陽。陽必萌陰。故水形柔也。火者氣也。純昇而不止。水者形也。專降而盈科。陽之昇。陰必從之。陰之降。陽必從之。故昇降亦無息矣。夫積氣之間。其精秀爲日月星辰。其動靜爲河海風電。而有雲雨霜雷之用。夫地者形滓之凝以爲土。其積也不息。而山岳丘陵川河谷澤。載之不辭。陰陽無窮。而有經緯。有四時。有日之長短。有時之寒暑。有一年一月。有一日一刻。有二十四節。有七十二候。有日月之蝕。有氣盈朔虛。是天地五交。以爲千態萬變也。
訓読
以上は天地生成の義を論ず。
謹んで按ずるに、天地は陰陽の大極なり。陰陽は甚だ其の用を殊にす。而して互に其の根を交へ、遠くして近く、近くして遠し。其の形とする所五つ有り、所謂木火土金水是れなり。木火は陽にして金水は陰なり。土は其の二を兼ねて其の中に位す。陰は必ず陽を含む。陽は必ず陰を萌す。故に水は形柔なり。火は氣なり、純ら昇りて止まらず。水は形なり、專ら降りて科に盈つ。陽の昇るや陰必ずこれに從ひ、陰の降るや陽必ずこれに從ふ。故に昇降も亦息むこと無し。夫れ積氣の間、其の精秀は日月星辰と爲り、其の動靜は河海風電と爲りて、雲雨霜雷の用あり。夫れ地は形滓の凝りて以て土と爲り、其の積むや息まざるなり。而して山岳丘陵川河谷澤これを載せて辭せず。陰陽は窮まり無くして經緯あり、四時あり、日の長短あり、時の寒暑あり、一年一月あり、一日一刻あり、二十四節あり、七十二候あり、日月の蝕あり、氣盈朔虛あり。是れ天地の互交ならずや。以て千態萬變を爲すなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
以上は天地の成り立ちの大体、それから其の中に人生というものの始まる状態を説いたのでありますが、天地というものは陰陽の働きの現われた最初のものの根本である。天地があって然る後に其の間に万物が生ずるのであります。
そこで陰と陽とは其の働きが異うのであります。陰は消極的のものであり、陽は積極的のものである。陰はこれに随うのであり、陽は物の初めをなす。
解説
第五段。話が神代の物語から離れ、天地の理論的な説明に入る。素行はここで陰陽五行の枠組みを全面的に用いる。
並ぶ語はすべて漢籍由来である。大極(太極)、木火土金水、經緯、二十四節、七十二候、氣盈朔虛――暦法の術語まで含む。
これは素行の立場を考えると興味深い。自国の優位を説く書が、その理論的な部分では漢籍の枠組みをそのまま採っている。もっとも素行自身、附録「或疑」十一節で「その經典を摘り、その文字を便ひ、以て今日の補拾と爲す」と、そのことを認めている(『中朝事實』十五・或疑 十一節)。
天先章 五(承)遠くして近く、近くして遠し ── 陰陽は相俟ち相補ふ底本 一六八〜一六九頁
原文
陰陽甚殊其用。而互交其根。遠而近。近而遠。
訓読
陰陽は甚だ其の用を殊にす。而して互に其の根を交へ、遠くして近く、近くして遠し。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
陰は消極的のものであり、陽は積極的のものである。陽は物の初めをなし、陰はこれに随うのでありますから、それぞれ其の働きは異うのでありますけれども、陰と陽とは相俟ち相補うて凡ての働きをするという所にあるのであります。
それですから、異っては居るけれども其の根本の性質は、陰陽が其の力を協せて一つになるという所にあるのであります。それであるから、遠いと思えば近い。元来異ってはいるけれども、ただ異って居るのではない。其の異ったものが相俟って一つになるのでありますから、遠くして近いとも謂える。併しながら、それが近づいて一つになっても性質は異うのでありますから、近くして遠いとも謂うべきであります。
解説
「遠くして近く、近くして遠し」――この四字を、小林は「異うものが協せて一つになる/一つになっても異うことは変わらない」と説く。
同一化ではなく相補である。これは第一段の天地人論(互いに独立できない)、第四段の陰陽唱和(二神で陰陽の全集)と同じ構図で、この章を通じて繰り返される型である。
天先章 五(承)五行の別 ── 木火は陽、金水は陰、土は其の二を兼ぬ底本 一六九頁
原文
所其形有五。所謂木火土金水也。木火者陽。而金水者陰也。土者兼其二。而位其中。
訓読
其の形とする所五つ有り、所謂木火土金水是れなり。木火は陽にして金水は陰なり。土は其の二を兼ねて其の中に位す。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで此の陰陽の二つの働きがいろいろな物になって現われると、これは千差万別で、限りなく様々なものが現われて参るのでありますが、これを先ず大別すると五つになる。即ち木と火と土と金と水とであります。人間の身体もやはり此の木火土金水の五つの働きが結び付いて出来たものと考えられるので、此の天地の間の物は皆、此の五つの物の或は結び付いたり、或は離れたりする其の働きの中から生み出されたもの、というように解釈されるのであります。
此の木火土金水の五つに就いて尚ほ其の性質を考えて見ると、木と火というものは陽であって、金と水というものは陰であると考えられる。何故ならば、木というものは何処までも伸びて行くものであるから。また火というものもドンドンと上の方に向って燃え上るものである。それであるから此の二つは陽と考えて宜しい。それから金というものは土の中に潜んで居り、水というものは下に向って流れ落ちるものである。それであるからこれは陰と考えて宜しい。即ち其の性質に依って、四つの物に陰陽の別が認められるのであります。
解説
五行を陰陽に振り分ける説明。木・火=上へ向かうから陽/金・水=下へ潜り落ちるから陰。
五行説そのものは中国由来だが、小林の説き方はそれぞれの物の実際の動きから性質を導いており、抽象的な図式の暗記にはなっていない。
土をどう扱うかが次段の主題になる。
天先章 五(承)土は陰陽を兼ぬ ── 水は柔かに、火は勢ひ烈し底本 一六九〜一七〇頁
原文
陰必含陽。陽必萌陰。故水形柔也。火者氣也。純昇而不止。水者形也。專降而盈科。
訓読
陰は必ず陽を含む。陽は必ず陰を萌す。故に水は形柔なり。火は氣なり、純ら昇りて止まらず。水は形なり、專ら降りて科に盈つ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから土というものは陰と陽との両方を兼ねて居るもので、此の土の中から草や木が生えるのであるから、此の点から言えば土は陽の力を持って居るとも謂える。併しながら土の中には石でも金でも皆潜んで居る、また水なども土の中に滲み込むのであるから、此の点から言えば土は陰の性質を具えて居るとも謂える。詰り土というものは陰陽両方の性質を具えて、そうして陰陽二つの働きを統一し調和して行くものと考えて宜しいのであります。
斯様に陰と陽の別はあるけれども、陰は必ず陽を含むので、陰ばかりが行われるという訳には行かない。それであるから水というものは形が柔かである。「柔かである」というのは、即ち他の物と一致するという性質であります。それからまた陽というものは必ず陰というものを萌す。「萌す」というのは、其の中から生み出すというような意味であります。それであるから火というものは、其の勢いが非常に烈しい。
解説
土=陰陽を統一し調和するもの。五行のなかで土だけが中央に置かれる理由を、小林は草木を生じ(陽)、金石と水を含む(陰)という両面から説く。
第一段で「中を得る」を統一のはたらきと読んだのと同じ発想が、ここでは土に当てはめられている。「中」=まとめるものという理解が、この講義を貫いている。
天先章 五(承)陰陽の相伴 ── 日に蒸され、雨に霑ほされて底本 一七〇〜一七一頁
原文
陽之昇。陰必從之。陰之降。陽必從之。故昇降亦無息矣。夫積氣之間。其精秀爲日月星辰。其動靜爲河海風電。而有雲雨霜雷之用。
訓読
陽の昇るや陰必ずこれに從ひ、陰の降るや陽必ずこれに從ふ。故に昇降も亦息むこと無し。夫れ積氣の間、其の精秀は日月星辰と爲り、其の動靜は河海風電と爲りて、雲雨霜雷の用あり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
陰独りでは何の役にも立たず、また陽ばかりでも何の役にも立たないのであります。それで陰と陽とは相助け相俟って働いて行きますから、其の陽が昇って上の方に力を伸ばし、陰が降って下の方に力を及ぼすという其の働きは、息むことがないのであります。即ち空に日があれば、此の日の熱に蒸されて地から水が蒸発する。また其の蒸発した水が雨になって地上に降れば、此の水に霑ほされて地の中からまた草や木が上に向って伸びて行く。斯ういうような訳でありまして、天地の間の一切の変化というものが発現して参るのであります。
斯く陰陽の働きというものが万物に現われるのでありますが、其の現わされた物の中で「精秀」――即ち非常に美しく、また上の方に在るものは日月星辰というようなものであるし、また其の働きの変化して息まない所から、或は河とか海とかも別れ、或は天に在っては稲妻が光りを発するというようなことも起る。そうしてまた雨も降れば風も吹くし、或は霜ともなり、或は雷の鳴り渡る作用ともなる訳である。
解説
水の循環で陰陽の相伴を説く。日に蒸されて水が昇り、雨となって降り、草木が伸びる――抽象的な陰陽論が、目に見える自然の姿に落ちる。
素行の原文は「積氣の間、其の精秀は日月星辰と爲り」と一気に飛ぶが、小林はその間を丁寧につないでいる。この講義の親切さがよく出た一段。
天先章 五(承)地は形滓の凝りて土と爲る ── 一摘みの土と、大地の働き底本 一七一頁
原文
夫地者形滓之凝以爲土。其積也不息。而山岳丘陵川河谷澤。載之不辭。
訓読
夫れ地は形滓の凝りて以て土と爲り、其の積むや息まざるなり。而して山岳丘陵川河谷澤これを載せて辭せず。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
要するに天地の間の変化というものは限りないものでありますけれども、これを詳しく見れば、何れも陰陽若しくは五行の作用に外ならぬということが解る訳であります。
それで此の中に於て、地というものは形に現われた中の殊に固いものが凝って集まって出来たもので、其の地というものの部分々々を言えば、要するに土の集まりだというより外はない。併しながら此の土というものは、一摘みのものを見ると何でもないようであるけれども、これが集って大地となると、其の働きは果てもなく行われる。即ち草でも木でも此の地の中から出るし、動物でも植物でも此の地の上に繁殖して行くのでありまして、地の働きというものは実に無限であります。それで山でも丘でも河でも、此の地の上を離れるということの出来るものではないのであります。
解説
「一摘みのものを見ると何でもないようであるけれども、これが集って大地となると、其の働きは果てもなく行われる」――講義のなかでも印象に残る一句。
素行の「載之不辭」(山も川も載せて拒まない)は、『中庸』の「地の博厚は、山嶽を載せて重しとせず」を踏まえる。第二段で小林が「厚博」を説いたのと呼応している。
天先章 五(結)天地互交 ── 二十四節・七十二候・氣盈朔虛底本 一七二頁
原文
陰陽無窮。而有經緯。有四時。有日之長短。有時之寒暑。有一年一月。有一日一刻。有二十四節。有七十二候。有日月之蝕。有氣盈朔虛。是天地五交。以爲千態萬變也。
訓読
陰陽は窮まり無くして經緯あり、四時あり、日の長短あり、時の寒暑あり、一年一月あり、一日一刻あり、二十四節あり、七十二候あり、日月の蝕あり、氣盈朔虛あり。是れ天地の互交ならずや。以て千態萬變を爲すなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の陰陽というものが自ら天地の作用の中に現われまして、そうして「経緯あり」――「経緯」とは星の運る道のことを申すのであります。即ち天に在っては有らゆる星が運って居ります。それから四時、即ち春夏秋冬があり、日の長い短いということの変化も、気候の暑さ寒さというものも始終運って行くのであります。それから天に在る所の日月と、吾々の住む所の地との関係に依って一年というものが定まり、一と月というものも定まり、或は一日というものも定まる。或は此の一日の中に於ても一刻々々が移って参るのであります。これは要するに春夏秋冬の気候の変化の中に於て、更に細かに分けたものであります。それで今までの暦の上から言えば、一年には二十四節というものがあり、七十二候というようなものもある。
解説
暦の術語が並ぶ。二十四節・七十二候はいずれも中国由来の季節区分で、日本でも近世まで暦の基本だった。
素行がここまで細かく暦法を挙げるのは、天地の変化に法則があることを具体的に示すためである。次段でその「盈虚」が説かれ、そこから人の話へ戻っていく。
天先章 五(結)盈ちて虛になり、また盈ちる ── 千態萬變底本 一七二頁
原文
有日月之蝕。有氣盈朔虛。是天地五交。以爲千態萬變也。
訓読
日月の蝕あり、氣盈朔虛あり。是れ天地の互交ならずや。以て千態萬變を爲すなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それからまた日月というものは定まった道を通って行くけれども、またときどきは日蝕月蝕というような変化もあるし、それから「気盈」――「気」というものは天地の間のいろいろな働きでありますが、其の気が盈ちて行くこともあれば、また虚になって、其の盈ちた所の働きがだんだんと衰えて行くというようなこともあるのであります。
例えば春というものは陽気の盈ちて行く時である。それが夏になって盈ち終り、それから秋になってだんだん衰える。冬になれば其の陽の気は消えたように見えるけれども、併し全く消えたのではなく、隠れて居るだけのことで、春になればまた現われて来る。斯ういうような訳であります。或はまた月も盈ちて行けば欠ける。併し欠けただけで終るのではなく、欠け終ればまた盈ちる。斯ういうように、陽が盈ちた時には陰が現われ、陰が窮すればまた陽が復活して来る。天地の間の働きは悉く此の通りであります。即ち千態万変は謂わゆる「天地互交」ということで、天地互いに其の力を協せて凡ての変化をするのであります。
解説
第五段の結び。「消えたように見えるけれども、併し全く消えたのではなく、隠れて居るだけのこと」――冬の陽気について言った一句だが、この章の底にある考え方をよく表している。
第四段で二神が「寂然として長く隠るる」と語られたのと、同じ言葉づかいである。見えなくなることは無くなることではない。
盈と虚、昇と降が交代しながら息まない――この運動そのものが「恒久」の中身である。第二段の「恒」がここで理論的に裏づけられ、次段で人の話に戻る。
天先章 六人も亦萬物の一に在りて其の中を得 ── 天地は人倫の大原なり底本 一七三頁
原文
人亦在萬物之一。而稟其精得其中。其智之靈。致之則無不通。其德之明。盡之則無不感。故形容天地不言之妙。模樣乾坤幽微之誠。以造曆象。考時日。定人物之極。建萬世之教。然乃天地者人倫之大原。而神聖者天地之性心也。人君仰觀俯察。以正上下。定尊卑。致其教。而後可參乎天地也。
或疑。天地有心乎。愚謂。旣有其形氣。則未嘗無其性心。天地以無息爲心也。故消長往來。終而復初。神聖以常中爲心。故常彊明其德。是天地神聖所以一其原也。
訓読
人も亦萬物の一に在りて、其の精を稟け其の中を得。其の智の靈、これを致せば則ち通ぜざること無く、其の德の明、これを盡せば則ち感ぜざること無し。故に天地不言の妙を形容し、乾坤幽微の誠を模樣して、以て曆象を造り、時日を考へ、人物の極を定め、萬世の敎を建つ。然らば乃ち天地は人倫の大原にして、神聖は天地の性心なり。人君仰ぎて觀、俯して察し、以て上下を正し尊卑を定め、其の敎を致し、而して後天地に參すべきなり。
或は疑ふ、天地に心あるかと。愚謂へらく、旣に其の形氣あれば、則ち未だ嘗て其の性心なくんばあらず。天地は息むこと無きを以て心と爲す。故に消長往來し、終つて而して復た初まる。神聖は常中を以て心と爲す。故に常に彊めて其の德を明らかにす。是れ天地神聖其の原を一にする所以なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで人間というものは天地の間に在って其の生を遂げるのであるが、人間も亦天地より生み出された所の万物の一つであって、而も万物を支配する所の地位を占めて居るものであります。人間は「其の精を稟け」――即ち天地の不思議な性質を受け継いで、そうして「其の中を得る」というのは、其の宜しきを得るというような意味でありまして、天地の働きというものが調和して、人間の心の作用というものが行われて行くのであります。
解説
第六段。この章の結論部にあたる。人は万物の一でありながら、万物を支配する地位に立つ――第一段からの天地人論が、ここで人の側に引き寄せられる。
要は「天地は人倫の大原にして、神聖は天地の性心なり」の二句である。人の道の根拠を天地に置き、その天地の心を体しているのが神聖だとする。
そして「天地に參す」――『中庸』の「天地と參なり」。天・地と並ぶ第三者として立つ、というのが素行の人間観の到達点である。
天先章 六(承)人の智と德 ── 通ぜざること無く、感ぜざること無し底本 一七四頁
原文
其智之靈。致之則無不通。其德之明。盡之則無不感。
訓読
其の智の靈、これを致せば則ち通ぜざること無く、其の德の明、これを盡せば則ち感ぜざること無し。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それでありますから、人間の智慧というものは実に不思議なもので、其の智慧の力を以て物を測る時には「通ぜざること無し」――何事でも知られないことは無い。人間の一生涯は僅か五十年か六十年であるけれども、遠い昔の事も解れば、遠い後の事を推し測ることも出来る。また自分の住んで居る所は此の地の上を離れないけれども、天上界の事も、或は地の底の事も解るのであります。
人間には自分の私を図るという心持もあるけれども、併し人間の本性は互いに保ち合い、互いに助け合うということに在る。これを「徳」というのであります。「感ぜざること無し」――一人の人が本当に他の人の為めに力を尽せば、他の人もこれに感じて、また他の人の為めに力を尽すようになる。斯ういうように人の心が感じ合って、其の感激の力の中から有らゆる事業というものが興って参るのであります。
解説
智は届く範囲を、德は人と人との間を説く。
智については「一生涯は僅か五十年か六十年であるけれども、遠い昔の事も解れば、遠い後の事を推し測ることも出来る」――古典を読むことの意味が、ここでも顔を出す。
德については「感激の力の中から有らゆる事業というものが興って参る」。素行の「盡之則無不感」を、感応の連鎖として読んだ。神知章一節の「知は行の始め」、化功章七節の「内より外に及ぶ」と同じ発想である。
天先章 六(承)聖神の大作 ── 天地の道に基いて人間の道を立てる底本 一七五頁
原文
故形容天地不言之妙。模樣乾坤幽微之誠。以造曆象。考時日。定人物之極。建萬世之教。然乃天地者人倫之大原。
訓読
故に天地不言の妙を形容し、乾坤幽微の誠を模樣して、以て曆象を造り、時日を考へ、人物の極を定め、萬世の敎を建つ。然らば乃ち天地は人倫の大原なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで人間は、自分達の力が決して侮るべからざるものであるということを知るけれども、併し人間の存在はもとより天地を本として居るのでありますから、天地自然の道というものを知らなければ人間の道も立たぬということが考えられます。それで此の天地の不思議な働きを形に表わし、或はまた陰陽の作用が眼に見えない間にも絶えず行われて居って、而も其の間に統一が具わって居るという所を形に表わして暦を作り、また時節の移り行き等をも考え、そうして又、此の天地自然の道に基いて人間としての道を立てなければならぬということを考え、そうして万世に亙って決して廃れない所の道を定め、教えを立てるのであります。これは易などによく現われて居る所の思想であります。
斯ういうように考えて来ると、天地は人倫の本であって、天地自然の道を手本として人間の道を立てなければならぬということも、自ら明らかになるのであります。
解説
「人間の力は侮るべからざるものだが、その存在はもとより天地を本としている」――人の力を認めたうえで、その根拠を人の外に置く。第一段の「化育を助ける」がここで理論として結ばれる。
暦を作ることが人倫の道を立てることと同列に並ぶのが、この段の特徴である。自然の観測と道徳の樹立とが、同じ一つの営みとして語られている。
天先章 六(承)聖賢の敎は人の本性に基く ── 無理なことを命ぜられるのではない底本 一七五〜一七六頁
原文
而神聖者天地之性心也。
訓読
而して神聖は天地の性心なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
併しながら、誰でも是れだけのことを考えるということの出来るものではないので、人間の中に於ても殊に其の智慧の勝れ、其の徳の勝れた人が出て、そうして此の天地の道に基いて人間の道というものを立てるのであります。これが即ち聖賢とも謂うべき人々であります。
それで、此の聖賢とも謂うべきような人々は、無論一般の人より超越した智慧と徳とを具えて居るには相違ないけれども、併し如何に聖賢が教えを立てた所が、其の教えが行われなければ何にもならぬ。其の教えが行われるというのは、一般人民が皆、其の聖賢の教えを実行すべき本性を持って居るからであります。それであるから、其の教えというものは人の本性に基いて立てられるので、聖賢が吾々に無理なことを命ぜられるのではない。
お互いが兎角勝手なことをやって居るから、人の為めに力を尽せとか、世の中の為めに努力しろとか言われると、何だか無理なことを言われるように思うけれども、其の私を捨てて見れば、人の為めになることが即ち自分の喜びになるのでありますから、決して無理な教えというものは一つもない訳であります。
解説
「聖賢が吾々に無理なことを命ぜられるのではない」――教えが成り立つ根拠を、教える側ではなく受ける側の本性に置く。
これは素行の一貫した論法でもある。賞罰章十三節「賞するときは則ち勸み、罰するときは則ち懲るは、情の恆なり」、祭祀章四節「人は未だ嘗てその父祖を念ふことなくんばあらず」――制度も教えも、人情の自然の上に立つ。
結びの「其の私を捨てて見れば、人の為めになることが即ち自分の喜びになる」は、講義らしい平明な言い方で、神知章七節の「私意を去る」に通じる。
天先章 六(承)天地に參する力 ── 木を養ひ、土を捏ねて器とする底本 一七六頁
原文
人君仰觀俯察。以正上下。定尊卑。致其教。而後可參乎天地也。
訓読
人君仰ぎて觀、俯して察し、以て上下を正し尊卑を定め、其の敎を致し、而して後天地に參すべきなり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
此の聖賢の徳を具えた人、即ち神の徳と申して宜しいのでありますが、此の神の徳を具えた方が「人君」――即ち一國を主宰する所の君主の地位に居るのであります。君主は國を治め人民を治める所の責任を持って居るのでありますから、凡庸では其の君主の地位を保つことの出来る訳はありません。君主たる人が非常に勝れて居って、其の人が「仰ぎて観、俯して察す」――即ち天地の有らゆる作用を見て、これが人間の道の根本であるということを明かにして、そうして此の天地の定まった法則に基いて人間の法則を立て、上と下との区別を正しくし、尊いと卑しいとの区別を定め、そうして正しい教えを立てて、茲に人生というものが渾に健全なものになって行くのであります。
人生が健全なものになって行けば、前にも申したように、自然に在る物を更に完全なものにすることが出来る。例えば木は初めから生えて居るけれども、其の木を養って大きくするのは人間の努力に俟つより外はない。また土は初めから在るけれども、其の土を捏ねて器を作るのは人間の骨折りに依るのであって、即ち「天地に参する」と謂うことが出来る。
解説
第一段の「土を捏ねて器とし、木を培って材とする」比喩が、ここでもう一度出てくる。章の始めと終りで同じ喩えを置く――講義の構成が意識的であることが分かる。
「仰觀俯察」は『易』繫辭上伝「仰いでは以て天文を觀、俯しては以て地理を察す」による。素行が人君の資格を、この一句で示している。
ただし「上下を正し尊卑を定め」を人間の法則の中心に置くのは、身分秩序を天地の法則で裏づける論法である。素行の時代の枠組みであり、そのまま今日の議論にはならない。
天先章 六(承)天地に心ありや ── 天行は健なり底本 一七六〜一七七頁
原文
或疑。天地有心乎。愚謂。旣有其形氣。則未嘗無其性心。天地以無息爲心也。故消長往來。終而復初。
訓読
或は疑ふ、天地に心あるかと。愚謂へらく、旣に其の形氣あれば、則ち未だ嘗て其の性心なくんばあらず。天地は息むこと無きを以て心と爲す。故に消長往來し、終つて而して復た初まる。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
或はまた疑いを懐く者があって言うには、天と言っても地と言っても、要するに形の現われたものであって、天にも地にも声も何もないのであるから、天地に心があるかどうかということは不思議である。人間は心に思うことを言葉に表わすことが出来るから、あの人はどういう心を持って居るか、どういう気分かということが解るけれども、天地は黙々として居る。此の黙々として居る所の天地に心があると考えるのは無理ではないか、というようなことを言う人があります。
併しながら素行の考えに依れば、決してそういうものではない。形があり気があれば、其の中に心があるということは当然である。例えば天地というものは始終休むことなく働いて居る。其の休むことなく働くということが天地の心である。それで易の中にも「天行は健なり」とある。天の運りというものは健全なものである。「健なり」というのは、少しも息まないということであり、また少しも狂わないということである。永久に或る秩序を保って働きを現わして行くのである。
解説
この章で唯一の「或疑」――想定問答。附録「或疑」の形式が、本編の各章にも散らばっていることの一例である。
問いは鋭い。天地は黙っている。それに心があると言えるのか。
素行の答えは「息まないことが天地の心である」。心を意識としてではなく絶えず働き続けることと定義し直して答える。
小林は『易』乾卦の「天行は健なり」を引いて、「健」を「少しも息まない/少しも狂わない」と説く。第二段の「恒久」がここで最終的な意味を得る。
天先章 六(結)天地神聖その原を一にす ── 終つてまた始まる底本 一七七〜一七八頁
原文
神聖以常中爲心。故常彊明其德。是天地神聖所以一其原也。
訓読
神聖は常中を以て心と爲す。故に常に彊めて其の德を明らかにす。是れ天地神聖其の原を一にする所以なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それで天地の働きは決して息まず、また狂わない。それであるから、何でも終ればまた始まるのである。前に申したように、暑さが終って寒さになれば、また然るべき時期に於て暑さが戻って来る。夜が終って昼になれば明るいが、また其の明るさが終れば夜に復る。夜に復っても何時までも夜では居ないで、また夜が明けて朝になる。斯ういうようになって、凡ての物は皆終ってまた始まる。
それで日本の國を肇めた神様を國常立尊と申上げ、また天御中主尊と申上げるのは、天地自然の働きの一番大切な点を此の御名前に表わしたものと思って宜しいので、要するに天地も此の「常」ということと「中」ということとを以て其の働きを遂げて行くし、人間も亦「常」ということと「中」ということとを本にして日々の働きを続け、以て天地の化育を助けて参るのであります。それであるから、常に彊めて其の徳を明かにするということが、天明の徳であると共に人の徳であるというように考えなければならぬのであります。それで「天地神聖其の原を一にする」と申しますのは、此の事であります。
解説
天先章の結び。「常」と「中」の二字に、章の全体が畳み込まれる。
第一段で神名として出た「常立」「御中」が、第二段で「恒久」「中を得る」という原理になり、第五段で陰陽の消長として説明され、ここで天地と人とに共通する心として結ばれる。一章の構成が、二つの字の展開になっている。
「終ってまた始まる」――暑さと寒さ、昼と夜。この循環そのものが「常」の中身である。変わらないことではなく、絶えず巡って息まないこと。
そして「天地神聖其の原を一にする」。人が天地の化育を助けうるのは、両者の心が同じだからだ、というのがこの章の到達点である。
天先章 六(結)神代の記事と易 ── 一切の道の本源がここに在る底本 一七八頁
原文
是天地神聖所以一其原也。
訓読
是れ天地神聖其の原を一にする所以なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
斯ういうように解釈して見ると、日本の神代の事はそうハッキリは判らないけれども、一切の人間の随い行くべき所の道の本源が、ここに在るのであるという解釈を下して、少しも誤りはない訳であります。
これで先ず大体、國の本というものに就いての説明は終って居ります。此の記事をよく見ますと、先ず日本の昔の歴史、即ち古事記或は日本書紀などに基いて居るのでありますけれども、これを解釈する仕方に就いては、儒教の方の易の中の思想を採り用いて居る所が極めて多いようであります。またモウ少し考えて見ると、儒教や或は老子を本とする道教などは、皆其の本を一にして居るとも考えられるのであります。支那の古い経書の、例えば易とか書経とかいうものを読んで見ますと、儒教の淵源であると共に、また道教も此処から出たということが察せられるのであります。
解説
天先章の総括。小林はこの章の方法をみずから明かす――素材は『古事記』『日本書紀』、解釈の枠組みは『易』。
これは的確な指摘である。天先章の按語に並ぶ語(陰陽・五行・大極・經緯・氣盈朔虛・仰觀俯察・參乎天地)は、ほぼすべて漢籍由来だった。
素行はこの方法を隠していない。附録「或疑」十一節で「その神教と曰ひ、その聖教と曰ひ…猶ほ符節を合はせたるがごとし」――外から借りたのではなく、照合したら一致した――と述べている(『中朝事實』十五・或疑 十一節)。
その主張の当否は読む側の判断に委ねられるが、枠組みは漢籍、中身は自国の古典という『中朝事實』の作り方は、この第一章にすでに完全な形で現れている。