神教章 十九「思」と「學」── 孔子の教へ底本 下巻 二十五頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
神々がお互ひに研究を重ねて、天照大神が再び世にお出ましになることを圖られた次第は、實に至れり盡せりと申すべきであります。物を學ぶといふことは、たゞ學ぶだけでは役に立ちません。人から學ぶことと、自分で深く思ふこととの兩方が揃つてこそ、初めて正しい道が判るのであります。一人で考へて居るだけでも本當の道には至らない。それで孔子も論語の中で、學んで思はざれば則ち罔し、思うて學ばざれば則ち殆しと言つて居られます。學ぶだけで自分の身に深く考へ及ばなければ、道理をハッキリと辨へることが出來ない。思ふだけで人から習ふことをしなければ、其の考へは完全なものではなく、獨り好い加減な所で濟ませてしまふ。此の孔子の言葉は誠に尤もなことであります。思兼神といふ方は、まさに此の思ふと學ぶとの兩方を兼ね備へた方であります。
解説
『論語』爲政篇「學而不思則罔、思而不學則殆」を、小林はほぼそのまま引く。「思ふ」と「學ぶ」とが互いを補い合うという、前冊末尾(kg18)の主題を、章の後半に入つてもう一度、身近な孔子の言葉で説き起こす構成である。
この後、思兼神の名そのものの由来へと話が進む。
神教章 二十思兼神の名の由来底本 下巻 二十六頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
思兼神といふ御方は、非常に智慧の深い方でありながら、自分の智慧だけでは足らぬと思うて、多勢の神々の意見を衆ねられた方であつて、神代に於ける最も思想の深い、また智慧の明かな方であります。「思兼」とは實に其の特色を表はして居るのであつて、「兼ねる」とは自分獨りの考へに止まらず、多勢の人の意見を集めて研究することであります。若し衆ねることをしなければ、其の考へは凡ての事柄を盡くすことが出來ないので、獨り善がりの臆説になつてしまふ恐れがあります。此の思兼神の發起によつて、天の安の河原といふ所で多勢の神々が相談をされ、其の相談の結果、天照大神が再び世の中に御出現になるやうに至るまでも、其のお蔭を受けて居るのであります。斯ういふ衆議を盡くすといふことこそ、日本の國民が永く守つて行くべき道でありまして、一國の大事に當る人は誰でも斯ういふことを手本とすべきであります。
解説
「思兼」という神名そのものを語義から読み解く一段。「思」に「兼ねる」――衆議を集める――の意が籠もる、という解釈は、次段(kg25)の謹按で改めて明確に語られる。
「一國の大事に當る人は誰でも斯ういふことを手本とすべき」という一言は、衆議を尽くすことを政道の要と見る、小林・素行に共通する構えである。
神教章 二十一岩戸隠れに見る分業と協力底本 下巻 二十七頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また此の思兼神を輔けた神々のことを考へて見ますと、天兒屋命とか太玉命とかいふ方々は智慧に詳しく、手力雄神とか天鈿女命とかいふ方々は勇氣に富んだ、心の寛い情け深い方であります。物事を實行する上に於て大きな役に立つ方々であつて、種々の物が皆揃つて居て、天照大神がまた外へお出ましになりたくなるやうにお誘ひ申したのであります。天鈿女命が手に茅纏の矟を持つて舞はれた所、天兒屋命・太玉命が善を盡し美を盡せりと申すべき祭りの道具を調へた所、これほど皆の骨折りが揃つたので、遂に岩戸の外に出ていらつしやることになつたのであります。一體人間といふものは物を考へるといふ働きが特色であつて、自分獨りで考へるだけでなく、此の神代の事蹟を本にして、後世に至つてもこの神々の條件が具はれば、教へを本にして申し分のないことになるのであります。
解説
前冊(kg16)の「各自の自重と協力」を、今一度おさらひする一段。手力雄神の勇、天鈿女命の芸、天兒屋命・太玉命の祭祀――それぞれ異なる持ち味が一つの目的のために持ち寄られた、という構図が、次段(kg22)の學問論への橋渡しになつている。
神教章 二十二智學の要諦 ── 近本・積累・力行底本 下巻 二十八頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
學問をするといふことは、人としての道を全うしようとするのであつて、手足の運び方さへ巧く行けばよいといふものではありません。何事につけても能く思はなければならず、況していろ〳〵な事業を取り運ぶとなればなほさらであります。思ふといふことと兼ねる――多勢の意見を集めて研究するといふこと――との兩方が揃はなければなりません。學んで習ふといふことを「學習」と申しますが、それだけでもまだ自ら足れりとすべきではなく、更に進んで自分より深く研究をして居る人の教へを受けねばなりません。近く自分の身のまはりから始めて努力を積み重ねてゆくのを「近本」「積累」と申し、知つた所を努めて實行するのを「力行」と申します。聖人賢人でも決して一足飛びに其の道に至つたのではなく、斯うして長い間掛かつて努力を積み重ねて、初めて聖賢の道といふものが明かになるのであります。
解説
「近本」「積累」「力行」――學びを積み重ねる三つの語。全集版sg10の「有力行、有積累、有近質之於鬼神」に相当する内容を、小林はここで具体的な稽古論として敷衍する。
「聖人賢人でも決して一足飛びに其の道に至つたのではない」という一言は、次段(kg23)の「天行健」――日々怠らず努めること――へとつながる。
神教章 二十三君子自彊 ── 天行健、眞實の事實底本 下巻 二十九頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
人間のする事が天地自然の大道に適へば、天地の神々もこれを助け、天下は平かになり、互ひの心に悦びが生れて、天地自然の道と人間の道とが一致するのであります。それであるから易に「天行は健なり、君子以て自ら彊めて息まず」とあります。天地の間の凡ての働きは極めて健全であつて少しの狂ひもない。君子たる者は此の天の道を手本として自ら努力を盡くすのであります。斯うして此の神代の事をよく考へて見ると、日本の國民としての心得は此の外にはない。眞實の事柄といふものは何人もこれを認めなければならないのであつて、神代のかういふ事實は後の世の者が隱さうとしても隱すことの出來るものではないのであります。
解説
『易経』乾卦の象伝「天行健、君子以自彊不息」がここで引かれる。前冊(kg18)末尾でも同じ句が使われており、神教章前半のまとめの言葉として二度用ゐられていることになる。
「眞實の事柄といふものは何人もこれを認めなければならない」――神代の事を捏造でなく史実として扱う、素行・小林に一貫する構へがここに明言される。
神教章 二十四高皇産靈尊、八十諸神に問ふ底本 下巻 三十〜三十三頁
原文
高祖高皇産靈尊。欲皇孫爲葦原中國之主。故高皇産靈尊召集八十諸神而問之曰。吾欲令撥平葦原中國之邪鬼。當遣誰者宜也。惟爾諸神勿隱所知。僉曰。天穗日命是神之傑也。可不試歟。於是俯順衆言。即以天穗日命往平之。然此神佞於大己貴神。比乃三年。尚不報聞。故高皇産靈尊更會諸神。問當遣者。僉曰。天國玉之子天稚彦是壯士也。宜試之。於是高皇産靈尊賜天稚彦天鹿兒弓及天羽羽矢。以遣之。此神亦不忠誠也。是後高皇産靈尊更會諸神。選當遣於葦原中國者。僉曰。經津主神是將佳也。遂以武甕槌神配經津主神。令平葦原中國。
一書曰。天稚彦無以報命。故天照太神乃召思兼神。問其不來之狀。
訓読
高祖高皇産靈尊、皇孫を葦原中國の主と爲さんと欲す。故に高皇産靈尊八十諸神を召し集へて之を問ひて曰はく、吾れ葦原中國の邪鬼を撥ひ平けしめんと欲ふ。當に誰を遣はさば宜しからん。惟だ爾諸神知らん所を隱すこと勿れ。僉曰さく、天穗日命是れ神の傑れたるなり。試みざるべけんや。是に於いて俯して衆言に順ひ、即ち天穗日命を以て往きて之を平けしむ。然れども此の神大己貴神に佞りて、三年に至るまで尚ほ報聞さず。故に高皇産靈尊更に諸神を會へて當に遣はすべき者を問ひたまふ。僉曰さく、天國玉の子天稚彦是れ壯士なり。宜しく之を試みたまへ。是に於いて高皇産靈尊天稚彦に天鹿兒弓及び天羽羽矢を賜ひて以て之を遣はす。此の神亦忠誠ならず。是の後高皇産靈尊更に諸神を會へて葦原中國に當に遣はすべき者を選びたまふ。僉曰さく、經津主神是れ將た佳からん。遂に武甕槌神を以て經津主神に配へて、葦原中國を平げしめたまふ。
一書に曰く、天稚彦報命すこと無し。故に天照太神乃ち思兼神を召して、其の來ざるの狀を問ひたまふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
高祖・高皇産靈尊は、皇孫を葦原中國の主とされようとされました。そこで高皇産靈尊は八十の神々を召し集めて問はれました。「私は葦原中國の邪しき神どもを撥ひ平げさせたいと思ふ。誰を遣はすのがよいであらうか。そなたたち神々よ、知つて居ることを隱すな」と。皆が申し上げました、「天穗日命こそ神の中でも傑れた方であります、試みられてはいかがでせう」と。そこで衆議に從つて、天穗日命を遣はして平定させられました。ところがこの神は大己貴神に諂ひへつらつて、三年たつてもなほ復命致しませんでした。そこで高皇産靈尊はあらためて神々を集めて、遣はすべき者をお問ひになりました。皆が申し上げました、「天國玉の子である天稚彦は壯士であります、試みられるがよろしいでせう」と。そこで高皇産靈尊は天稚彦に天鹿兒弓と天羽羽矢とを賜つて遣はされました。ところがこの神もまた忠誠ではありませんでした。そこで高皇産靈尊はさらに神々を集めて、葦原中國に遣はすべき者を選ばれました。皆が申し上げました、「經津主神がよろしいでせう」と。そこで武甕槌神を經津主神に副へて、葦原中國を平定させられたのであります。また一書にはかうあります。天稚彦は復命致しませんでした。そこで天照大神は思兼神をお召しになつて、其の歸つて來ない事情をお問ひになりました。
解説
皇統章八節にも引かれた場面だが、こちらは失敗の記録がより詳しい。天穗日命が失敗し、天稚彦もまた失敗して、三度目でようやく經津主神・武甕槌神で成つた。問うても、正しい答えがすぐ返ってくるとは限らない――それでも問い続けるほかない、というのが次段「謹按」(kg25)の主旨になる。全集版の対応節はsg11。
神教章 二十五謹按(一)── 是れ天神問學の義なり底本 下巻 三十四頁
原文
謹按。是天神問學之義也。人必有長有短。問以盡其情。各止其至善。則天下之美歸之。若從己縱欲。護短塞言。或問而不盡其兩端。唯虛問而已。好問之道大哉。夫以乾坤之靈。好問而得成大功。其問之審也。俯順衆言。後聖主求諫。納直言之戒至矣。
訓読
謹みて按ずるに、是れ天神問學の義なり。人は必ず長あり短あり。問うて以て其の情を盡くし、各其の至善に止まれば、則ち天下の美之に歸す。若し己に從ひて欲を縱にすれば、短を護り言を塞ぎ、或は問うて其の兩端を盡くさず、唯だ虛しく問ふのみ。問ふを好むの道大いなる哉。夫れ乾坤の靈を以て問ひ、大功を成すことを得たり。其の問ひの審かなる、其の俯して衆言に順ふが、後の聖主諫を求め直言を納るるの戒至れり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
謹んで考へてみますに、これが天神に於ける問學――問ふことと學ぶこととの意義であります。人には必ず長所があり短所があります。問うてその實情を盡くし、各々その至善の所に止まるならば、天下の美しい所はこれに歸するのであります。もし自分の心のままに欲を縱にすれば、短所をかばひ言葉を塞いで、あるひは問うてもその兩極を盡くさず、たゞ空しく問ふだけになつてしまひます。問ふことを好む道はまことに大いなるものであります。天地の靈妙な働きをもつてしてなほ、問ふことを好んで大いなる功を成し得たのであります。その問ひ方を審らかにされたことは、後の聖なる君主が諫めを求め直言を納れる道の、その戒めの至れるものであります。
解説
「是れ天神問學の義なり」――前冊の「謹按 是れ神代思學の義なり」(kg17)と対をなす、本章後半の要となる一句。「問ふことを好む道大いなる哉」は、高皇産靈尊が三度にわたつて諸神に問うた前段(kg24)の失敗の記録を承けて置かれる。神ですら一度で正しい答えを得られなかつた、その問ひ続ける姿勢そのものが「天神問學の義」である。全集版の対応節はsg12。
神教章 二十六謹按(二)── 以上天神問學の義底本 下巻 三十四〜三十五頁
原文
蓋人君位九重之深。立億兆之上。非特萬鈞之勢。前有龍喉之鱗。後有鼎鑊之責。言不威而人民先懼慄。況短護諫拒。以嚴肅威猛。則言路何通乎。抑冕旒之蔽目。難纊之塞耳。出警而入蹕乎。故假人以顏色。導其諫。虛己以探納之。待其言。弊進激勧。來於天下之善者。人君之德也。外朝之聖主。亦從事於斯矣。帝堯之咨若。帝舜之好問。而明四目。達四聰。禹拜昌言。湯出以待旦。周思兼三王。而善經綸萬化。可幷按也。凡草昧之始。軍機之要。雖君臣詳議。思慮之失。舉措之閒。未嘗無其過。天神既然。後世豈容易乎。所遺示其戒。又不明乎。以上天神問學之義。
訓読
蓋し人君九重の深きに位し、億兆の上に立つ。特だ萬鈞の勢のみに非ず。前に龍喉の鱗あり、後に鼎鑊の責あり。言はず威さずして人民先づ懼慄す。況んや短を護りて諫を拒み、嚴肅威猛を以てせば、則ち言路何ぞ通ぜんや。抑も冕旒の目を蔽ひ、難纊の耳を塞ぎ、出でては警め入りては蹕するをや。故に人に假すに顏色を以てして其の諫を導き、己を虛しうして以て之を探納し、其の言を待ちて焃迅激勵し、天下の善を來すは人君の德なり。外朝の聖主も亦斯れに從事せり。帝堯の咨若、帝舜の問ふを好みて四目を明らかにし四聰を達し、禹は昌言を拜し、湯は出でて以て旦を待ち、周は三王を思兼して、善く萬化を經綸す。幷せ按ずべきなり。凡そ草昧の始、軍機の要は、君臣詳かに議すと雖も、思慮の失、擧措の間、未だ嘗て其の過なくんばあらず。天神既に然り、後世豈之を容易にせんや。其の戒を遺示する所又明らかならずや。以上天神問學の義。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
思ふに人君は宮殿の奥深くに位して、億兆の民の上に立つものであります。たゞ大きな勢ひがあるといふだけでなく、前には逆鱗の恐れがあり、後には重い責めがあります。それゆゑ人々は物を言はず、萬事控へて居るのでありますが、況んや君主自らが短所をかばひ諫めを拒み、嚴しい威で人に臨むならば、言葉の道はどうして通じませうか。冠の玉や綿が目や耳を塞ぐやうに、君主の周りには耳目を塞ぐものが多いのであります。それゆゑ和らいだ顏を見せて諫めを引き出し、自らを虚しくしてこれを受け入れ、其の言葉を辛抱强く待つべきなのであります。天下の善事を招くのは人君の徳であります。外朝の聖主もまたこれに從事いたしました。帝堯が咨若し、帝舜が問ふことを好んで四方の目を明らかにし耳を通はせ、禹は善言を拜し、湯は起き出でて夜明けを待ち、周公は三代の王の道を兼ね思つて萬化を治められました。あはせて考へるべきであります。凡そ物事の始め、軍事の要は、君臣が詳しく議したと申しても、思慮の誤りや擧措の間に、過ちのなかつたためしはありません。天神ですら既に然りであります。後の世の者がどうして容易でありませう。此の戒めをお示しになつたことは、また明らかなことではありませんか。
解説
本章後半の結び。「冕旒の目を蔽ひ、難纊の耳を塞ぐ」――君主の耳目を塞ぐものの喩へを、素行は支那の故事(帝堯・帝舜・禹・湯・周公)を連ねて補強する。「天神既に然り、後世豈之を容易にせんや」――神ですら三度失敗したのだから、後世の人間が誤らないはずがない、という結語は、前段(kg24)の高皇産靈尊の試行錯誤を承けたものである。「以上天神問學の義」でこの大段が結ばれ、次冊では「神勅の教」へと進む。全集版の対応節はsg13・sg14。