神治章 一神治章の趣旨底本 下巻 七十九頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次には『神治』ということについて色々な事實が擧げてあります。これは神代から後までの國をお治めになつた所の君主の貴い御事蹟を集めたのであります。固より日本は世界に類のない立派な國でありまして、國民の心掛けも善いのでありますけれども、上に立つ方が謂ゆる神様の御裔で、非常に勝れていらつしやる方ばかりでありますから、これに依つて國が益々盛んになつて來たのであります。それでも上にお立ちになる方は、人民の力が根本であるといふことを始終お考へになりまして、厚く人民を保護し、また人民の働きを重んずるといふことに心をお盡しになつていらつしやるので、この點が特に貴いのでありまして、これに依つて今後も此の國は益々榮えて參る譯であります。此等の事柄を集めましたのが此の『神治章』といふものであります。
解説
神治章全体の開巻宣言。神教章その一冒頭(kg01)「此より讀みますのは『神教章』といふのであります」と対をなす、小林の各章ごとの案内口上である。統治の根本を「人民の力」に置く視点が、章全体を貫く主題として最初に示される。全集版(中朝事実_6.html)の解題が「封建と郡縣」「民を養ふ」の実務論を骨格とするのに対し、小林はまず君主が人民の力を根本と心得ることの貴さを強調する。
神治章 二天壤無窮の神勅底本 下巻 七十九〜八十頁
原文
天照太神勅皇孫曰。葦原千五百秋之瑞穗國。是吾子孫可王地也。宜爾皇孫就而治焉。行矣。寶祚之隆。當與天壤無窮者矣。
訓読
天照太神皇孫に勅して曰はく、葦原千五百秋の瑞穗國は、是れ吾が子孫の王たるべき地なり。宜しく爾皇孫就きて治せ。行せ。寶祚の隆えまさんこと、當に天壤と窮まりなかるべし。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
天照大神が皇孫に仰せられた。「葦原の千五百秋の瑞穗國は、これはわが子孫が王として治めるべき地である。そなた皇孫よ、行つて治めなさい。さあ行きなさい。皇位が榮えることは、まさしく天地とともに窮まりないであらう」。この神勅は既に前にも出て參りましたので、改めて説明するには及びません。ただ『天壤と與に窮りない』といふことは、ただ長く續くといふだけの意味に解釋してはなりません。天地の働きが何故永久に續くのかと考へて見れば、天の働きも地の働きも、實に終始一貫していて、少しも亂れず、少しも滯ることなく行はれてゐるからであります。それゆゑに永く續くのであります。もしこの天地の働きが半ばで亂れるといふことがあつたなら、幾千萬年も續くといふことは難しいのであります。我が國が永く續くのもその通りでありまして、上に立つ方が非常に優れた御德を具へていらして、人民のために力を盡すことが終始一貫していて、その間に何の障りもなく、何の變更もないのであります。これが國の永く榮えて行く根本でありまして、國民たる者もまたここに深く心を用ゐなければなりません。ただ長く續くことが貴いのではない。その長く續く間に統一も具はり秩序も備はり、終始一貫したシツカリした精神がこれを貫いてゐることが貴いのであります。
解説
皇統章(十二冊)でも引かれた天壤無窮の神勅が、ここでは「就きて治せ」という統治の命令の側から読まれる。全集版js01とほぼ同文だが、小林本は「天照太神」(全集版は「天照大神」)と表記する。皇統章では「継承」の証として読まれたこの神勅が、神治章の冒頭では「天壤無窮」の意味そのもの──単なる継続ではなく、終始一貫して乱れぬ秩序──として敷衍し直される点に注意。
神治章 三大己貴命・少彦名命、天下を經營す底本 下巻 八十〜八十一頁
原文
一書曰。大己貴命與少彦名命。戮力一心。經營天下。嘗大己貴命謂少彦名命曰。吾等所造之國。豈謂善成之乎。少彦名命對曰。或有所成。或有不成。是談也。蓋有幽深之致焉。
訓読
一書に曰く、大己貴命と少彦名命と力を戮せ心を一にして、天下を經營す。嘗て大己貴命少彦名命に謂りて曰はく、吾等が造る所の國、豈善く成れりと謂はんや。少彦名命對へて曰はく、或は成れる所も有り、或は成らざる所も有りと。是の談や、蓋し幽深の致あらん。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
一書にはこうある。大己貴命と少彦名命とは力を合はせ心を一つにして、天下を経営した。かつて大己貴命が少彦名命に語つて言つた。「われらが造つた國は、はたしてよく出来上がつたといへるだらうか」。少彦名命が答へて言つた。「出来上がつたところもあり、出来上がらなかつたところもあります」。この問答には、思ふに深く幽かな趣がある。
解説
前段(kj02)の「戮力一心。經營天下。」を承けて始まる一書の引用。全集版js02とほぼ同文だが、小林本は冒頭に「戮力一心」の四字を重ねて添へ、末尾を「幽深之致焉」(全集版は「幽深之趣焉」)とする点に字句の異同がある。「成れる所もあり、成らざる所もあり」──事業に完成はない、という自問自答がこの後の物語(kj04・kj05)の伏線となる。
神治章 四磐石草木も強暴なりし世 ── 大己貴神の獨言底本 下巻 八十一頁
原文
大己貴神興言曰。夫葦原中國本自荒芒。至及磐石草木。咸能強暴。然吾已攝伏。莫不和順。遂因言。今理此國。唯吾一身而已。其可與吾共理天下者。蓋有之乎。
訓読
大己貴神興言して曰はく、夫れ葦原の中つ國は本より荒芒びたり。磐石草木に至るまで咸能く強暴なり。然れども吾已に攝伏せしめて、和順せざるもの莫し。遂に因りて言ふ、今此の國を理むるは唯吾れ一身のみなり。其れ吾と共に天下を理むる者、蓋し之有らんか。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
大己貴神が聲を上げて言はれた。「そもそも葦原の中つ國は、もとは荒れ果てていた。岩や草木に至るまで、みな荒々しく暴れていた。しかしわたしはすでにこれらを攻め從へて、從はないものはない。そこで言ふ。今この國を治めてゐるのは、ただわたし一人だけである。わたしとともに天下を治める者が、はたして居るだらうか」。
解説
この獨言は、後に幸魂奇魂(kj05)が現れる伏線となる。全集版のjs02末尾(少彦名命の常世國への旅立ち)とjs03冒頭(幸魂奇魂の出現)の間に、小林本はこの大己貴神の獨言をより詳しく引く。荒れ果てた世を治め終へた者の孤独と重責とが、次段の「幸魂奇魂」の出現を際立たせる劇的な効果を持つ。
神治章 五幸魂奇魂底本 下巻 八十一頁
原文
于時神光照海。忽然有浮來者。曰。如吾不在者。汝何能平此國乎。由吾在故。汝得建其大造之績矣。是時大己貴神問曰。然則汝是誰邪。對曰。吾是汝之幸魂奇魂也。大己貴神曰。唯然迺知。汝是吾之幸魂奇魂。今欲何處住耶。對曰。吾欲住於日本國之三諸山。故即營宮彼處。使就而居。此大三輪之神也。
訓読
于に神光海を照らし、忽然として浮かび來る者あり。曰く、如し吾れ在らずんば、汝何ぞ能くこの國を平げんや。吾れ在るに由るが故に、汝その大造の績を建つることを得たりと。是の時大己貴神問ひて曰はく、然らば則ち汝は是れ誰ぞやと。對へて曰く、吾れは是れ汝の幸魂奇魂なりと。大己貴神曰はく、唯、然なり迺ち知りぬ。汝は是れ吾が幸魂奇魂なりと。今何れの處にか住まんと欲ふやと。對へて曰く、吾れは日本國の三諸山に住まんと欲ふと。故に即ち宮を彼の處に營りて、就きて居らしむ。此れ大三輪の神なり。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
このとき神々しい光が海を照らし、たちまち浮かんで來るものがあつた。「もしわたしがゐなかつたら、そなたはどうしてこの國を平定できただらうか。わたしがゐたからこそ、そなたはその大いなる造化の功績を建てることができたのだ」。この時、大己貴神が問はれた。「それならば、そなたはいつたい誰なのか」。答へて言つた。「わたしはそなたの幸魂・奇魂である」。大己貴神は言はれた。「なるほど、そのとほりだ。そなたがわたしの幸魂・奇魂であると分かつた。今どこに住みたいと思ふか」。答へて言つた。「わたしは日本國の三諸山に住みたい」。そこで宮をその地に造つて、そこに居させた。これが大三輪の神である。
解説
「吾れ一身のみ」(kj04)と嘆いた大己貴神のもとに現れたのは、ほかならぬ自分自身のはたらきだつた。「吾は汝の幸魂奇魂なり」──外から助けが來たのではなく、自分の内にあつたものが姿を現したのである。全集版js03とほぼ同文。次段(kj09)で小林はこの「幸魂・奇魂」を智慧と勇氣の二つに分けて敷衍する。
神治章 六成れる所もあり、成らざる所もあり底本 下巻 八十二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
また或る書物に記してある所に依りますと、天孫御降臨の前に大己貴命が少彦名命と力を協せて天下を經營して、國を治めることに大いに力を盡されたといふのでありますが、此の時に大己貴命が少彦名命に向つて、自分達が力を協せて此の國を經營して居るが、この國は洵によく治まつて充分の成績といふべき成績を擧げて居るものと思つて宜からう、かう申しました。時に少彦名命が答へて言ふには、イヤまださういふ風に滿足してはなりませぬ。『成れる所もあり』──これから大いに成績の擧つた所もあるけれども、『成らざる所もあり』──まだ足りない點もあるから、努力しなければならぬのでありますと、かう戒めたといふのであります。これは簡單な言ひ傳へでありますけれども、『幽深の致あり』で、深く味はなければならないことであります。何でもこれで完全だと思へば心が驕るので、心が驕ると手落ちが多くなつて來ますから、だんだんに失敗が續いて來ます。これに反して申し分のない成績を擧げて居ても、また足りないと思つて自ら戒めて、更に研究を積みますならば、善いものはますます善くなるのであります。
解説
kj03の「成れる所もあり、成らざる所もあり」の一句を、小林が敷衍する段。完成を認めた瞬間に驕りが生まれ、驕りが失敗を招くという因果を説く。次段(kj07)の孔子の例へと繋がる、謙虚さについての教訓である。
神治章 七聖賢は自ら足れりとせず ── 孔子「學んで厭はず」底本 下巻 八十二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それでありますから如何ほど好い成績を擧げても、自らこれに誇るといふことのないやうに努めるといふことが肝要でありまして、殊に重要な地位に立つて大きなる責任を負うて居る人には、この心掛けといふのが最も大切であります。昔から聖賢と謂はれるやうな人は、他から見れば實に立派な知識を具へ、德を具へて居るのでありますけれども、聖賢と謂はれる人その人は、何時でも自ら足れりとしないのであります。孔子のやうな人は聖人でありますけれども、自分の志を弟子に語られた時に、自分は他の人よりも勝れて居る所は無い、けれども、學んで厭はず、教へて倦まない、何處までも研究をして行く、また何處までも懇切に若い人を教へ導くつもりである、これだけが自分の志であると、かう申して居られるのであります。孔子ほどの人でも學んで厭はないといふことを心掛けて居られたのでありますから、尋常一様の人が少しばかり成功したくらゐで滿足してしまふといふやうなことでは、到底大きな仕事は成し遂げられないのであります。
解説
『論語』述而篇「學而不厭、誨人不倦」を引く一段。孔子ほどの聖人ですら自ら足れりとしなかつたことを、前段(kj06)の「驕り」への戒めの最も高い実例として示す。神治章冒頭(kj01)で説かれた「人民の力を根本とする」統治観と、この「自ら足れりとしない」謙虚さとは、いずれも上に立つ者の心得として一貫している。
神治章 八國の亂れ果てたる有樣底本 下巻 八十三頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
それから大己貴神が、國中が非常に亂れて居つて、我がままな者が多かつた有樣を語られたことについて、少し説明を加へて置きます。『夫れ葦原の中つ國は本より荒芒びたり』といふのは、日本の國がまだよく治まらず、國中が亂れて居つた有樣を形容したのであります。自分の我が儘をして他人に迷惑を及ぼしても構はないといふやうな者も隨分多かつたのである。それで石や草や木までも聲を出してお互ひに爭ひ合つたといふ位な狀態であつた。これは國の亂れ果てた狀態、また人々が我利我利しく自分勝手であつて、自分の都合ばかりを主張した狀態を形容したのであります。こんな風に國は非常に亂れて居つたのであるけれども、大己貴神が大いに骨折つて、そういふ我が儘をして居る者を皆『摧き伏せ』──悉くこれを征服してしまつて、今では全く我が儘なことを考へる者はなくなつて、皆悉く一致するやうになつた。これは隨分骨の折れたことであるけれども、骨折つた效果が今よく現れて居るのであるから、此の國を治める者は自分より外にはない筈である。若し自分と同樣に天下を治める所の者があるならば誰であらうか。さういふ者はない筈である。かう言つてその努力の結果の現れたことを、大いに滿足して居たのであります。
解説
kj04の「夫葦原中國本自荒芒。至及磐石草木。咸能強暴。」を、國内統一の寓意として敷衍する段。石や草木までも荒れ争つたという表現を、我利我利しい人々が自分勝手を主張し合つた亂世の比喩として読む。大己貴神の「攝伏」を、単なる武力征服ではなく、人心の統一を成し遂げた事業として捉へ直してゐる点に注意。
神治章 九幸魂と奇魂の意義底本 下巻 八十四頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
其の時に不思議な光が海を照らして、忽ち其處に浮び上つた者があつた。其の浮んで來た者が大己貴命に向つて、今あなたは自分の力一つで此の國を治めたと言はれたけれども、決してそんな事ではない。私が居つたから治まつたのである。若し私が居なかつたならば、あなたの力を以て此の國を平かにするといふことは出來なかつたであらう。私があなたに力を與へたのである。それで此の國を本當に治めるといふ所の大きな成績を擧げて、立派な功を顯すことが出來たのである。かう申しました。そこで大己貴命が、それほどの働きをしたといふお前は、一體何者であるかといつて尋ねた所が、答へて言ふには、自分はあなたの身に附いて居る所の、幸魂奇魂である。『幸魂』といふのは物を完全にし、物を本當によく仕上げて行く力を申すので、『奇魂』といふのは、他の者に到底出來ないやうなことまでも努力して、成し遂げて行く力を申すのであります。卽ち智慧と、それから勇氣といふものでありませう。此の幸魂奇魂といふものが心に宿つて居るから、それでどんなことをしても巧く行くので、此の幸魂奇魂がなければ、如何に努力した所が、努力だけで效果の擧るものではありませぬ。此の幸魂奇魂といふのは私である。それであるからあなたは私のお蔭であるといふことを認めなければなりませぬと、かう申しました。
解説
kj05の「吾是汝之幸魂奇魂也」を、小林が敷衍する段。「幸魂」=物を完全に仕上げて行く力(智慧)、「奇魂」=他の者に出来ないことをやり遂げる力(勇氣)、と二つに分けて説くのは、この読本に取材した小林独自の解釈である。統治とは、外からの助けではなく、統治者自身が本来具へてゐる智慧と勇氣とに気づき、それを発揮することだ、と読み替へてゐる。
神治章 十大三輪神の由來と智慧・勇氣の教へ底本 下巻 八十四頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで大己貴命も、成るほどさうか。考へて見れば自分の心に幸魂奇魂が宿つて居つたから、それで萬事が巧く行つたのでこれは實に有難いことであつた。就いては此の幸魂奇魂の恩を永く記念する爲に、何處かに祀つて置きたいと思ふが、何處に祀つたら宜からうと、かう申して尋ねた所が、答へて言ふには、自分は日本の國の三諸の山に住まうと思ふと申しました。そこで三諸の山に其のお宮を造つて其處に永く祀ることにした。是れが大三輪神と申すのであります。此の話は不思議な話のやうでありますけれども、大いに味ふべきことでありまして、卽ち物を良いが上にも良く完全にしようといふ決心と、卽ち勝れた智慧と、それから勝れた勇氣といふものが具はつて、初めて物事は成就するのでありまして、其の智慧を磨くことを怠つたり、其の勇氣を養ふことに足りない所があれば、折角努力しても其の努力の結果といふのは現れない。此の事を深く考へて、何處までも今まで自分の爲したことを完全とは思はないで、なほ勝れた智慧を磨き、なほ勝れた勇氣を養ふといふことが、治道の第一の心得だと申さねばなりません。
解説
kj05の三諸山鎮座の記事を承け、大三輪神社(大神神社)の由来として結ぶとともに、その一全体の教訓を「智慧を磨き、勇氣を養ふことに終はりはない」という一句にまとめる段。kj06〜kj07の「自ら足れりとしない」謙虚さの教訓と呼応し、その一全体が「完成に驕らず、なほ勝れた智慧と勇氣とを求め続けること」という一貫した主題で結ばれる。次冊(その二)では、神武天皇の建都の詔など、統治の具体論へと話が進む。