神治章 三十二時と業底本 下巻 九十六頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
そこで國を治めるといふに就いては、何事も時に合はなければならぬので、時を知らなければ國を本當に安らかに治めることの出來るものではないのであります。元來天照大神が皇孫をお降しになつたのは、日本の國全體をお治めになるお積りであるけれども、併し其の時が來なければ初めから全國を治めるといふ譯には行かない。それで其の初めの時には、先づ大體に於て國内が治まつて、天下が先づ安定したとは謂へるけれども、何分にも「洪荒に在り」即ち帝業の初めでありますから、先づ西の方の九州地方に落着かれて、其處で正しい所の氣風を養ひ、君臣上下の間に皆滿足を感ずるといふやうな善き政治をお執りになつて、さうして此の皇孫のお降りになつた御精神が全國に行き渡る所の時節を待つていらしつたのであります。ところで次第に多くの年日を經て、九州地方に於ては本當に善い政治が行はれて居りましたから、愈々これを以て日本全國に及ぼさうといふ思召で、神武天皇が此の時に於て東の方に進むといふ御計畫をお立てになつて、さうして「中州を制す」即ち日本全國を一統して善き政治を行はれるといふ運びになつた譯であります。斯ういふ大業を創めるのにはどうしても時といふものを重んじなければならぬので、其の時の宜しきに隨ふといふことが出來なければ、實際適切なる所の政治を行ふといふことは出來ないのであります。それで愈々其の時が來まして、大和の地方も盡く平定して、天皇の御位にお卽きになるといふことが定まり、それで此の詔を下された翌年に於て、御卽位の式が擧げられた譯であります。天皇が時に隨ふといふことを御考へになつたのは實に貴い事と申すべきであります。
解説
前冊kj28の按語「蓋天下之治必有時。不知時。則非大人之道。」の「時」の一語を、小林が具体的な史実に即して敷衍する段。神武天皇が東征ののちいきなり全国を統一したのではなく、まず九州で善政を布いて機の熟すのを待ち、しかるのちに東征・中州平定・即位という順を踏まれたことが辿られる。「大人立制。義必隨時。」(kj19)の「時」が、抽象的な原則ではなく具体的な建国の年月として肉付けされる段である。
神治章 三十三變正の精神底本 下巻 九十六〜九十七頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
神武天皇は天照大神が此の國をお授けになつた御精神を全うする爲に力を盡し、また皇孫の御降臨以來正しい政治を行つて人民を養ふといふことを本として政治をなされた、此の意義を全國に徹底するといふことをお考へになつていらつしつたのであります。此の御精神で正しい政治が行はれれば、人民は固より皆滿足をするのであります。それですから民の心を以て御心となされて、皆の滿足を圖つてやらうといふ思召で天皇の御位にお卽きになつたので、これは直に民の父母たる所の御心であります。これから後も此の神武天皇の詔を本にして凡ての法律制度を定め、政治の執り方をも定めて行くならば、天下の人民は皆幸福であつて、誰も滿足しない者はないといふことは極めて明かなことであります。そこで日本が斯ういふやうにして正しく治まつて行けば、更に此の日本が手本となつて他の國をも敎へ導いて、凡ての國が正義を本として治められるといふやうにならなければならぬ。今後に於ける日本の發展といふものは、主として此の目的に向つて進むことでなければならぬと考へられるのであります。
解説
「變正」──法律制度は時とともに變へ正してゆくべきだという趣旨の見出しが本文欄外に付される段。前冊kj28の「帝恆授國養正之志。以民心爲心。是乃爲民之父母也。」を承け、民の心を心とする精神が歴代の法制度の根本に一貫していることを説く。末尾「日本が手本となつて他の國をも敎へ導いて」の一句は、次冊で扱う崇神天皇の詔にいう「外國之朝貢」(kj38)を先取りする。
神治章 三十四崇神天皇「天下を公にするの詔」底本 下巻 九十七〜九十八頁
原文
崇神帝四年。冬十月庚申朔壬午。詔曰。惟我皇祖諸天皇等。光臨宸極者。豈爲一身乎。蓋所以司牧人神。經綸天下。故能世闡玄功。時流至德。今朕奉承大運。愛育黎元。何當事遵皇祖之跡。永保無窮之祚。其群卿百僚竭爾忠貞。共安天下。不亦可乎。
訓読
崇神帝の四年冬十月庚申の朔壬午、詔して曰はく、惟れ我が皇祖、諸天皇等、宸極を光臨すること、豈一身の爲ならんや。蓋し人神を司牧して、天下を經綸したまふ所以なり。故に能く世に玄功を闡め、時に至德を流く。今朕大運を奉承して黎元を愛育す。何當にしてか皇祖の跡に率遵ひ、永く窮りなきの祚を保たん。其れ群卿百僚、爾の忠貞を竭して、共に天下を安んぜんこと亦可からずや。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
崇神天皇の四年冬十月庚申の朔壬午の日、次のように詔された。「わが皇祖、代々の天皇方が皇位に高くお臨みになったのは、どうして一身のためであろうか。思うに人と神とをつかさどり治め、天下を経営するゆえんである。だからこそよく世々に深い功績を明らかにし、時とともに至高の徳を広めてきた。今、朕は大いなる運命を受け継いで、人民を慈しみ育てている。どうして皇祖の御跡に従い、永く窮まりない皇位を保たずにいられようか。その群卿百僚は、汝らの忠誠を尽くして、ともに天下を安んじようではないか」。
解説
全集版js08「天下を公にするの詔」(中朝事実_6.html)とほぼ同文の詔。「豈爲一身乎」──皇位は私のものではないという宣言は、前冊kj28で先取りされていた「帝恆授國養正之志。以民心爲心。是乃爲民之父母也。」の主題を、崇神天皇の実際の詔の言葉として引き継ぐ。「百僚」(小林本)「百寮」(全集版)のような細かな字句の異同はあるが、js04・js05相当(kj11)で見られたような大きな乖離はここにはなく、kj19とjs06の関係と同様、両者はほぼ同文である。
神治章 三十五詔の敷衍 ── 民の幸福のための御位底本 下巻 九十八頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
次は崇神天皇の四年冬十月に下されました詔を擧げてあるのであります。其の詔に仰せられるのには、一體君主たる者が國を治めるのは、人民の幸福を主にするのであつて、卽ち皇祖以來歴代の天皇が其の御位を保たれて、此の國に君主として臨まれたのは、皆其の御精神に於て一致して居るのである。卽ち一身の爲ではない。君主となつて自ら榮華を極めようといふやうな考へで其の位に卽いた方は、どなたも無いのである。たゞ國の爲め、人民の爲めといふことのみを考へていらつしやるのである。それで此のお心持を以て人民を治め、また此の國を護る所の神様のお心持とも一致して、天下を安らかに治めて來られたのである。それであるから天皇の御位を保つ者はこれから後も永く此の御精神を失はないやうにしなければならない譯である。斯ういふやうなお心持で君主たる方が少しも自分の事などを考へられなかつたから、代々の天子が皆人民の滿足を得て、さうして其の治世は大なる效果を牧め得られたので、之に依つて歴代の天皇の御德といふものが普く國中の仰ぐ所となつたのであります。それで今自分も此の天皇の位を承け繼いで、此の國に君主となつて居る以上は、人民を恵み養ふといふことを主にしなければならないのである。それ故にどうしたならば此の皇祖以來の御精神を承け繼いで、此の御精神に從つて永く人民の幸福を圖り、此の國の發展を圖つて行かれるかといふことのみを常に考へて居るのである。
解説
kj34の詔を、まず「君主が国を治めるのは人民の幸福のためである」という核心から説き起こす段。神武天皇以来歴代の天皇の御精神が終始一貫していることを強調し、崇神天皇御自身もその精神を承け継ぐ一人として詔を下されたと位置づける。
神治章 三十六群卿百僚への呼びかけ底本 下巻 九十九頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
併しながら君主の働きといふものは衆の力を集め、殊に朝廷の百官等の努力に依つて全うされるのであるから、何分にも此の臣下の人々が心を盡すといふことを頼りとするのである。皆が忠良の心を盡し、己れの私を棄てゝ誠心を以て天皇を輔けるといふことであるならば、天下は必ず安くなつて、人民は皆其の所に安んずるやうになるのであるから、どうか斯ういふ精神を以て何處までも自分を輔けて行つて吳れるやうにといふことを仰せられたのであります。
解説
kj34の詔の後半「其群卿百僚竭爾忠貞。共安天下。不亦可乎。」を敷衍する段。君主一人の働きだけでは天下は治まらず、臣下が私を棄てて誠心を尽くすことによってはじめて詔の精神が全うされるという、上下双方向の呼応が説かれる。
神治章 三十七歴代の聖旨 ── 質素と擧國一致底本 下巻 九十九頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
この詔の中にも、上にお立ちになる方のお心持が實によく現はれて居るのであります。但し君主として誰でも自分が贅澤をする爲に君主の位を保つのだといふことを言ふ人はないので、これは支那でも、或は西洋諸國でも、君主たる者は人民の爲に心を盡すのだといふことは皆言つて居ます。ところが其の事實を見ると、なかなかさう行かない天子が多いので、少し勢力が盛んになると直ぐに贅澤をする、或は自分の勝手なことをして人の諫めを容れないとかいふやうなことが隨分多くあるのであります。ところが日本の歴代の天皇は皇祖皇宗の詔の通りの思召しで、皇室の御生活は何時でも御質素でありますし、天子樣が御自分の望みを主として人民の幸福を考へないといふやうな御事蹟は一つも無いのでありますから、本當に日本こそは君主たる御德を全うされた國であるといふことを吾々もよく考へて、此の御恩に報いる爲には、それこそ擧國一致の實を擧げるといふことに努力しなければならぬと存ぜられるのであります。
解説
日本の歴代天皇の質素な生活と、支那・西洋の君主一般との対比を通じて、詔の意義を際立たせる段。「擧國一致」の一語に、この講義がなされた当時の時局を思わせる小林自身の意識がにじむ。なお冒頭近くの「皇祖皇宗の詔の通りの思召しで」の一句は、底本の摩耗により判読が難しく、文脈から推定した。
神治章 三十八謹按 ── 人君の治道は公私の間にあり底本 下巻 九十九〜百頁
原文
謹按。人君私大寶。則天必不與。故災害幷起。帝公天下之詔。無窮之祚所以因成也。私大寶。故不議群臣。公天下。故共爾忠貞。大哉帝之德乎。宜哉外國之朝貢也。蓋人君之治道。在公私之間。苟以富貴奉一身。則佞臣進。而賢良日疏。貴爲天子。富有四海。宴安狂其心。聲色聾其耳目。當此不顧祖宗黎元之重。不因群臣謗諫之難。殆難卓於玆間。故其謬在公私之毫差。而其流至四海之困窮。天祿之安危。其機微哉。以上謂治道之要。
訓読
謹んで按ずるに、人民大寶を私すれば則ち天必ず與せず。故に災害幷び起る。帝の天下を公にするの詔、無窮の祚因りて成る所以なり。大寶を私す、故に群臣に議らず。天下を公にす、故に萬の忠貞を共にす。大なる哉帝の德や、宜なる哉外國の朝貢するや。蓋し人君の治道は公私の間に在り。苟くも貴きを以て一身に奉すれば、則ち佞臣進みて賢良に踈し、貴きこと天子たり、富は四海を保つ、宴安は其の心を狂はし、聲色は其の耳目を聾聵す。此に當りて祖宗黎元の重きを顧みず、群臣謗諫の難きに因らずんば、殆ど玆の間に卓爾し難し。故に其の謬りは公私の毫差に在りて、其の流れは四海の困窮に至る。天祿の安危、其の幾微なる哉。以上治道の要を謂ふ。
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
つつしんで考えてみるに、人民の大切な宝(皇位)を私するならば、天は必ずこれに味方しない。だから災いが重なって起こる。皇位を公のものとする詔は、窮まりない皇位が続いていくゆえんである。皇位を私すれば、群臣の議論を経ることがない。天下を公のものとすれば、万人の忠誠をともにすることができる。何と大きいことか、帝の徳は。何ともっともなことか、外国が朝貢してくることは。思うに、君主の統治の道は、公と私のどちらに立つかにある。もし尊い位を自分一身のために用いるならば、たちまち佞臣がのさばり進み出て、賢く善い者は日ごとに遠ざけられる。尊い身として天子となり、富は四海を保つ。すると宴楽安逸が心を狂わせ、色と声とが耳目をふさぐ。このとき、祖先や人民の重さを顧みず、群臣の諫めの言葉に頼らなければ、ほとんどこの間に人並みはずれて立つことは難しい。だからその過ちは公と私のわずかな差にあり、その流れは天下の困窮にまで至る。皇位の安危は、まことに微妙なものである。以上が統治の道の要である。
解説
全集版js09「人君に三大寶あり」(中朝事実_6.html)と、人君の治道は公私の間にあり、宴安・耳目・困窮といった核心の語を共有するが、文言・構成はかなり異なる。小林本は「帝公天下之詔」「外國之朝貢」など全集版js09にない要素を含み、より長い展開になっている。全集版js09が「人君有三大寶」と中立的に始まるのに対し、小林本kj38は「人君私大寶」──冒頭から「私」の語を用いて公私の対比を鋭くする書き出しになっている点が対照的である。
神治章 三十九大寶を私すれば國榮えず底本 下巻 百〜百一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
素行が尚ほこれに就いて自分の意見を加へて申しますには、人君たる者が、其の人君たる位を保つのは天下の爲である、人民全體の爲であるといふことを始終考へて居らなければならないので、若し其の「大寶」卽ち人君たる所の位を私して、自分は君主の地位に居るから自分の欲を恣にしても宜いといふやうな考へであると、天は必ずこれを護らないことになるので、天が護らなければ其の國は決して榮えて行かない。それで「災害竝起る」――謂はゆる天災地變といふものも續いて參るのであります。斯ういふことは何處の國の歴史を見ても解ることでありますが、崇神天皇が御位にお卽きになつて後四年にして、自分は天下の爲に此の天皇の位を保つて居るのだといふことを仰せられ、此の國をお治めになる所の有難い思召を御發表になつたといふことは、日本の天皇たる方の根本の御精神を明かにお示しになつたものと申すべきであります。
解説
kj38の按語冒頭「人君私大寶。則天必不與。故災害幷起。」を、小林が具体的に敷衍する段。皇位を私するか公とするかが、単なる道徳論ではなく「國が榮えるか榮えないか」という現実の帰結に直結することを説く。
神治章 四十崇神天皇の詔に見る御精神底本 下巻 百一頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
斯ういふやうな御精神の天皇が代々續いて上にいらつしやるのであるから、此の國が無窮に榮えて行くといふことは固より疑ひない所であります。御歴代の天皇の思召は皆御同樣であるに相違ないのでありますが、此の崇神天皇の詔に依つて特に吾々はよく之を窺ひ知ることが出來るのであります。一體君主の位を私して、何でも自分の勝手が出來るものと思ふから、多勢の臣下の意見をも聽かないで兎角に物事を恣にする。そこから國の政治にも正しくないやうなことが多くなつて、人民の怨みを招くといふやうなことにもなるのであります。
解説
崇神天皇の詔を、歴代天皇に共通する精神の一つの具体的な現れとして位置づけたのち、これと対照的に「位を私する」場合にどうなるかを述べて、kj41の「これに反して」の対比へつなぐ段。
神治章 四十一天皇の御德、四海に及ぶ底本 下巻 百一〜百二頁
原文
(小林の講義による敷衍。原文には對應する漢文なし。)
訓読
(原文なし。小林一郎の講義による敷衍箇所。)
現代語訳小林一郎 講述(現代表記)
これに反して天下を公のものとして、天皇が御自分の事をスツカリお忘れになつて、天下の爲にお盡しになるといふことであれば、人臣たる者も其の思召に感激致しますから、皆忠貞を盡して、皆も自分の私を棄てゝ國の爲め世の爲めと思うて力を盡すので、これに依つて國民は永く幸ひを受ける譯であります。それであるから天皇たる方の御德といふものが卽ち國民の凡てを幸ひにする所の根本になるので、これは實に廣大なものと申さなければならないのであります。斯様に天皇たる方の御德に依つて國の勢ひは自ら外にも及びますから、外國から貢をするといふことにもなるので、崇神天皇の御時に外國から貢するといふことが見えて居るのは、卽ち天皇の御德が國の全體に及んで、さうして此の國の勢が自ら外にまで及んだといふことの證據と見るべきであります。
解説
kj40の「位を私する」場合との対比で、「天下を公のものとする」場合にどうなるかを述べて、kj38の按語全体を締めくくる段。「外國から貢をする」という結びは、kj38の「宜哉外國之朝貢也」(何ともっともなことか、外国が朝貢してくることは)に対応しており、按語全体が一つの円環をなして完結する。次冊(その五)では、全集版js10「封建の義」──八十萬神を天高市に合むの段へ進む見込みである。