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中朝事實 四(神器章)

山鹿素行 著 ── 玉は仁、鏡は知、劒は勇 原文・訓読・現代語訳・解説の四層

この読本について

『中朝事實』第四章、神器章です。前章「皇統章」の第十一節で引かれた同床共殿の神勅――「吾が兒、この寶鏡を視ること、當に吾れを視るが猶くすべし」――が、そのまま本章の主題になります(皇統章 十一節へ)。

本章の眼目は、三種の神器を徳の象徴として読み解くところにあります。素行はこう説きます――玉は仁の德を表し、鏡は知を表し、劒は勇を表す。すなわち三種の神器がそろっていることは、仁・知・勇の三徳が全備していることの証である、と。これは『中庸』の「智仁勇の三者は天下の達德なり」を、日本の神器に重ねた読み方です。そのうえで、外朝(中国)に伝わる九鼎や伝国璽が単なる権威の印にすぎないのに対し、日本の三器はそれ自体が徳を示す器であると論じます。

後半では、鏡と劒が宮中の殿内から伊勢へ、そして熱田へと遷された経緯――崇神天皇の六年、垂仁朝、日本武尊の東征――を丹念にたどり、「これが神器を別所に置くの始なり」と記します。神と人とが同じ殿にいた時代が終わったという、素行にとってはやや翳りを帯びた認識がここにあります。

翻刻について。原文・訓読文は廣瀬豊編『山鹿素行全集 思想篇 第十三巻』の影印からの文字起こしに目視校正を加えたものです。旧字体・異体字を含む古い活字のため、なお誤りが残っている可能性があります。現代語訳と解説はこの読本のために新たに書き起こしたものです。

色分けの凡例

『日本書紀』(本文・一書)本朝の古典(古語拾遺・舊事本紀・元々集ほか)漢籍(易・書・詩・論語・孟子ほか)制度・地理・故事

主要語彙集

神器(じんぎ)
八坂瓊曲玉・八咫鏡・草薙劒の三種。素行はこれを「天神の靈器、傳國の表寶」と呼び、同時に仁・知・勇の三德の象徴として読む。
天瓊戈(あまのぬぼこ)
天神が二神に授けた矛。素行は「瓊は玉なり、矛は兵器なり」と分解し、のちの三種の神器(玉・鏡・劒)の萌芽をここに見る。
八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)
玉作の遠祖玉屋命の造るところ。素行はの德を表すとする。玉は潤いがあって温かく、内に光を含むから。
八咫鏡(やたのかがみ)
鏡作の遠祖石凝姥命の造るところ。素行はを表すとする。明らかに照らして惑わないから。
草薙劒(くさなぎのつるぎ)
素戔嗚尊が八岐大蛇の尾から得た劒。素行はを表すとする。決断して斷ち切るはたらきがあるから。
同床共殿(どうしょうきょうでん)
「床を同じくし殿を共にして、以て齋鏡と爲すべし」。寶鏡を天照大神そのものと視て同じ殿内に祀れという神勅。本章の主題。
神籬(ひもろぎ)
神を招き降ろすために設ける祭場。崇神天皇の代に磯城の神籬が立てられた。
九鼎(きゅうてい)
夏の禹王が九州の金を集めて鋳たとされる鼎。歴代王朝に伝わり、王権の象徴とされた。素行はこれを日本の三器と比べる。
傳國璽(でんこくじ)
秦以来の中国の皇帝が伝えた玉璽。
智仁勇(ちじんゆう)
『中庸』第二十章に「智仁勇の三者は天下の達德なり」とある。素行はこれを三種の神器に配当する。

登場する神・人物

石凝姥命(いしこりどめのみこと)
鏡作の遠祖。八咫鏡を造った神。崇神天皇の代にはその子孫が鏡を改め造った。
玉屋命(たまのやのみこと)
玉作の遠祖。八坂瓊曲玉を造った神。
天富命(あめのとみのみこと)
神武天皇の代に齋部氏を率いて神物・官物を造らせた。
崇神天皇(すじんてんのう)
第十代。六年、百姓が流離したため、天照大神と倭大國魂の二神を殿内に並べ祀ることの畏れを説き、豐鍬入姫命・渟名城入姫命に託して別に祀らせた。神器を別所に置いたのはここに始まる。
豐鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)
天照大神を託されて倭の笠縫邑に祀り、磯城の神籬を立てた皇女。
渟名城入姫命(ぬなきいりひめのみこと)
倭大國魂神を託されたが、髪が落ち体が痩せて祀ることができなかったと伝える皇女。
倭姫命(やまとひめのみこと)
垂仁天皇の皇女。伊勢神宮に神器を鎮め祀った。日本武尊の東征に際して草薙劒を授けた。
日本武尊(やまとたけるのみこと)
草薙劒を帯びて東夷を征し、のち尾張に劒を留めた。草薙劒は今も尾張熱田社にある。

神器章 一天瓊戈を賜ふ
原文
伊弉諾尊伊弉冊尊立於天浮橋之上、共計曰、底下豈無國歟、廼以天之瓊矛指下而探之、是獲滄溟、其矛鋒滴瀝之潮、凝成一嶋、名之曰磤馭慮嶋、
一書曰、天神詔伊弉諾伊弉冊二尊曰、有豐葦原千五百秋瑞穗之地、宜汝往脩之、則賜天瓊戈、

訓読
伊弉諾尊いざなぎのみこと伊弉冊尊いざなみのみこと天浮橋あまのうきはしうへたしてともはかりてのたまはく、底下そこつしたあにくにからんやと。すなは天之瓊矛あまのぬぼこもつおろしてさぐる。ここに滄溟さうめいたり。その矛鋒ほこさきより滴瀝したたしほりてひとつのしまれり。これをづけて磤馭慮嶋おのごろじまふ。
一書あるふみはく、天祖てんそ伊弉諾いざなぎ伊弉冊いざなみ二尊にそんみことのりしてのたまはく、豐葦原とよあしはら千五百秋ちいほあき瑞穗みづほくにあり、よろしくいましきてをさむべしと。すなは天瓊戈あまのぬぼこたまふ。

現代語訳
伊弉諾尊・伊弉冊尊は天浮橋の上にお立ちになり、ともにはかって言われた。「この下に国がないということがあろうか」。そこで天の瓊矛を指し下ろして探られた。すると大海を得られた。その矛の先から滴った潮が凝って一つの島となった。これを名づけて磤馭慮嶋という。
一書にはこうある。天祖は伊弉諾・伊弉冊の二尊に詔して言われた。「豐葦原の千五百秋の瑞穗の地がある。そなたたち、行ってこれを治めよ」。そこで天瓊戈を授けられた。

解説
神器章は天瓊戈から始まる。中國章でも同じ場面が引かれたが、そちらでは国土の由来として読まれた。ここでは「器」の由来として読まれる。国土を生むにも器が要った――この一点が、以下の議論の出発点になる。

神器章 二二種の神寶、三種の神寶
原文
一書曰、天照大神高皇産靈尊乃相語、以二種神寶授賜皇孫、永爲天璽、
一書云、豐葦原千五百秋瑞穗國者、大八洲未生以前有其名、雖有名字、而無形相、強字其形爲天瓊矛之所成也、大八洲國即今大日本日高見也、
一書曰、天祖天照大神高皇産靈尊乃相語曰、夫葦原瑞穗國者、吾子孫可王之地、宜爾皇孫就而治焉、則賜八坂瓊曲玉及八咫鏡・草薙劒三種寶物、

訓読
一書あるふみいはく、天照大神あまてらすおほみかみ高皇産靈尊たかみむすびのみことすなはあひかたりて、二種ふたくさ神寶かむだからもつ皇孫くわうそんさづたまひ、なが天璽あまつしるし
一書あるふみはく、豐葦原とよあしはら千五百秋ちいほあき瑞穗國みづほのくには、大八洲おほやしまいまらざる以前いぜんにそのあり。名字みやうじありといへどしか形相かたちなし。ひてそのかたちあざなして天瓊矛あまのぬぼこれるところとすなり。大八洲國おほやしまぐにすなはいま大日本日高見おほやまとひたかみなり。
一書あるふみいはく、天祖てんそ天照大神あまてらすおほみかみ高皇産靈尊たかみむすびのみことすなはあひかたりてのたまはく、葦原瑞穗國あしはらのみづほのくに子孫うみのこきみたるべきのくになり、よろしくいまし皇孫くわうそんきてしらせと。すなは八坂瓊曲玉やさかにのまがたまおよ八咫鏡やたのかがみ草薙劒くさなぎのつるぎ三種みくさ寶物たからものたまふ。

現代語訳
一書にはこうある。天照大神・高皇産靈尊はともに語らって、二種の神宝を皇孫に授け賜い、永く天の璽とされた。
また一書にはこうある。豐葦原千五百秋瑞穗國という名は、大八洲がまだ生まれていない以前からあった。名はあったけれども形はなかった。しいてその形を名づけていえば、天瓊矛から成ったものである。大八洲國とはすなわち今の大日本日高見である。
また一書にはこうある。天祖天照大神・高皇産靈尊はともに語らって言われた。「そもそも葦原瑞穗國は、わが子孫が王として治めるべき地である。そなた皇孫よ、行って治めなさい」。そこで八坂瓊曲玉と八咫鏡・草薙劒という三種の宝物を授けられた。

解説
素行は二種とする伝えと三種とする伝えを、どちらも消さずに並べる。異伝を整理して一つに決めてしまわないのが本書の流儀で、皇統章で本文と一書を並べたのと同じである。そのうえで次節の按語では、二種と三種の関係を「天瓊戈の分解」として説明することになる。

神器章 三瓊は玉なり、矛は兵器なり
原文
謹按、神代之靈器不一、而天祖二神授以瓊矛、瓊者玉也、矛者兵器也、矛玉自從、則有天瓊矛、
謹按、聖神而不殺也、蓋草昧之時、暴邪未撥、平於暴邪、驅去殘賊、非武威、不可得也、故天孫之降臨、亦矛玉自從云、凡中國之威武、外朝及諸夷竟不可企望之、尤有由也、

訓読
つつしみてあんずるに、神代じんだい靈器れいきいつならずして、天祖てんそ二神にしんさづくるに瓊矛ぬぼこもつてす。たまなり、ほこ兵器へいきなり。ほこたまおのづかしたがふ、すなは天瓊矛あまのぬぼこあり。
つつしみてあんずるに、聖神せいしんにしてころさざるなり。けだ草昧さうまいとき暴邪ばうじやいまはらはず。暴邪ばうじやたひらげ、殘賊ざんぞくるには、武威ぶゐにあらずんばべからざるなり。ゆゑ天孫てんそん降臨かうりんにも、また矛玉ほこたまおのづかしたがふといふ。およ中國ちうごく威武ゐぶ外朝ぐわいてうおよ諸夷しよいつひくはだのぞむべからざるは、もつとよしあるなり。

現代語訳
つつしんで考えてみるに、神代の霊妙な器は一つではなく、天祖が二神に授けられたのは瓊矛であった。「瓊」とは玉である。「矛」とは兵器である。矛に玉がおのずと伴っている、それが天瓊矛である。
つつしんで考えてみるに、聖なる神であっても殺さないわけではない。思うに未明の時代には、まだ暴虐や邪悪が払われていなかった。暴虐や邪悪を平らげ、害をなす者を追い払うには、武の威によるほかない。だから天孫の降臨にあたっても、矛と玉とがおのずと伴ったという。そもそも中國(日本)の威武を、外朝も諸々の異民族もついに望みえなかったのは、まことに理由のあることである。

解説
「瓊矛」の二字を「玉」と「矛」に分解するのが素行の鍵である。玉(徳の象徴)と矛(武の象徴)がはじめから一つの器のなかに同居していた――これが本章のみならず、後の武德章にもつながる素行の基本認識である。「聖神にして殺さざるなり」の一句も見落とせない。聖であることと武を用いることは矛盾しない、と兵学者である素行はきっぱり言い切っている。

神器章 四皇代受授の三種の神器なり
原文
謹按、是皇代受授之三種神器也、蓋八坂瓊曲玉者、玉屋命之造所之瑞玉也、八咫鏡者、石凝姥神所鑄之靈鏡也、草薙劒者、在大蛇尾之寶劒也、共在此國、以立大功也、

訓読
つつしみてあんずるに、皇代くわうだい受授じゆじゆ三種みくさ神器じんぎなり。けだ八坂瓊曲玉やさかにのまがたまは、玉屋命たまのやのみことつくるところの瑞玉みづたまなり。八咫鏡やたのかがみは、石凝姥神いしこりどめのかみるところの靈鏡れいきようなり。草薙劒くさなぎのつるぎは、大蛇をろちるところの寶劒はうけんなり。ともにこのくにりて、もつ大功たいこうつるなり。

現代語訳
つつしんで考えてみるに、これが皇代に受け継がれてきた三種の神器である。思うに八坂瓊曲玉とは、玉屋命が造った瑞々しい玉である。八咫鏡とは、石凝姥神が鋳た霊妙な鏡である。草薙劒とは、大蛇の尾にあった宝剣である。いずれもこの国にあって、大きな功を立てたものである。

解説
三器の出どころを確認する短い節。注目すべきは「共にこの國に在りて、以て大功を立つるなり」の一句である。三器はいずれも天から降ってきたのではなく、この国で造られ、この国で得られたものだと素行は言う。玉と鏡はこの国の工人の手になり、劒はこの国の大蛇の尾から出た。国産の器であることが、そのまま「中國」の証になっている。

神器章 五玉は仁を表し、鏡は知を表し、劒は勇を表す
原文
而玉可以表仁之德、鏡可以表致格之知、劒可以表決斷之勇也、其象所形、皆有三德之名、而非有此靈器而已、又有此靈器之相備、此靈器之成功、最可畏之甚也、

訓読
しかしてたまもつじんとくへうすべく、かがみもつ致格ちかくへうすべく、つるぎもつ決斷けつだんゆうへうすべきなり。そのしやうかたどるところ、みな三德さんとくあり。しかしてこの靈器れいきあるのみにあらず、またこの靈器れいきあひそなはるあり。この靈器れいき成功せいこうもつとおそるべきのはなはだしきなり。

現代語訳
そうして玉は仁の徳を表すことができ、鏡は物に格って知を致すという知を表すことができ、劒は決断の勇を表すことができる。その象がかたどるところには、みな三徳の名がある。しかもこの霊妙な器があるというだけではなく、この霊妙な器がそろって備わっているということがある。この霊器が成しとげた功は、まことに畏るべきことの極みである。

解説
本章の核心である。玉=仁、鏡=知、劒=勇。三種の神器を『中庸』の三達德に配当してしまう。この読み替えによって、神器は単なる王権の印ではなく君主が備えるべき徳の目録になる。しかも素行が力を込めるのは「相備はる」の三字である。一つあるだけでは足りない。仁と知と勇がそろってはじめて意味を持つ――だから三種なのだ、と。

神器章 六唯この靈器あるのみにあらず
原文
唯有此靈器之名而已、又有其名義之存所而已、非唯有此靈器、天神之至誠、聖主用之而內虛其心、外制其治數、若唯恃性心之靈、而不并三器以摧外、則空騎虛器、而無神器也、

訓読
だこの靈器れいきあるのみにあらず、またその名義めいぎそんするところあるのみにあらず。みな天神てんじん至誠しせいなり。聖主せいしゆこれをもちひてうちはそのこころむなしうしたまひ、そとはその治數ちすうせいしたまふ。性心せいしんれいたのみて三器さんきあはせてもつそとくだかざれば、すなはむなしく虛器きよきりて神器しんきなきなり。

現代語訳
ただこの霊器の名があるというだけではない。またその名の意味するところが伝わっているというだけでもない。いずれも天神の至誠である。聖なる君主はこれを用いて、内にはその心を虚しくし、外にはその政治の仕組みを整えられる。もしただ生まれつきの心の霊妙さだけを頼りにして、三つの器を合わせて外を制することをしなければ、それはむなしく空っぽの器にまたがっているだけで、神器はないに等しい。

解説
素行の厳しさが出る一節である。神器を持っていることと、神器があることとは違う。器の名が伝わり、その意味が知られているだけでは足りない。君主がそれを用いて内に心を虚しくし外に治を整えて、はじめて神器は神器である。用いなければ「空しく虚器に騎る」――中身のない器にまたがっているにすぎない。皇統章第六節の「懸象著明の實を致さずんば、豈神明の統を承けんや」と同じ論法である。

神器章 七外朝の九鼎・傳國璽と比すれば
原文
凡外朝夏以九鼎爲天下之三器、殷・周相傳、秦刻和璧、以爲國璽、漢以斬蛇劒爲傳國之寶、後世以卜筮爲之、傳國之璽輕、而九鼎列之、以爲天下之三器、後世比坐明堂、況中州之神器比之、則日同、而不可語之也、況赤刀・大訓・弘璧・琬琰・大玉・夷玉・天球、皆神聖之所致也、

訓読
およ外朝ぐわいてう九鼎きうていもつ天下てんか三器さんきいんしうあひつたへ、しん和璧くわへききざみてもつ國璽こくじし、かん斬蛇劒ざんだけんもつ傳國でんこくたからす。後世こうせい卜筮ぼくぜいもつてこれをす。傳國でんこくかろく、しかして九鼎きうていこれをつらねて、もつ天下てんか三器さんきし、後世こうせいならべて明堂めいだうせしむ。いはんや中州ちうしう神器じんぎこれにすれば、すなはおなじくしてかたるべからざるなり。いはんや赤刀せきたう大訓たいくん弘璧こうへき琬琰ゑんえん大玉たいぎよく夷玉いぎよく天球てんきうみな神聖しんせいいたすところなり。

現代語訳
そもそも外朝では、夏は九鼎を天下の三器とし、殷・周がこれを伝え、秦は和氏の璧を刻んで国璽とし、漢は斬蛇の剣を伝国の宝とした。後の世には占いによってこれを定めた。伝国の璽は軽く、九鼎をそれに並べて天下の三器とし、後世これらを並べて明堂に据えた。まして中州(日本)の神器をこれに比べれば、同じ日に論じられるものではない。まして赤刀・大訓・弘璧・琬琰・大玉・夷玉・天球なども、みな神聖の致したものである。

解説
外朝の宝器との比較。素行の批判の要点は「傳國の璽は輕し」――つまり大陸の宝器は王朝が交替するたびに新しく定め直され、しかも占いで決めたりもする、その軽さにある。中國章の「易姓」批判、皇統章の「姓を易ふること三十姓」と同じ論点が、器の側から言われている。器が変わらないのは、それを伝える統が変わらないからである。

神器章 八寶祚の永久を期し、傳國の信誠を表す
原文
蓋皇統之受授必以三神器、以期寶祚之永久、以表傳國之信誠、聖主之閒、以崇治平之道也、中州之渾厚、系運綿邈之無窮、皆神聖之所致也、

訓読
けだ皇統くわうとう受授じゆじゆかなら三神器さんじんぎもつてす。もつ寶祚はうそ永久えいきうし、もつ傳國でんこく信誠しんせいへうす。聖主せいしゆあひだもつ治平ちへいみちたふとぶなり。中州ちうしう渾厚こんこう系運けいうん綿邈めんばく無窮むきゆうなる、みな神聖しんせいいたすところなり。

現代語訳
思うに皇統の受け渡しには必ず三種の神器を用いる。それによって皇位が永久であることを期し、国を伝えることの信とまことを表すのである。聖なる天皇の代々にわたって、それによって天下を治め平らかにする道を尊ぶのである。中州(日本)の渾然として厚いこと、その系統のはるかに窮まりないことは、みな神聖の致したところである。

解説
神器の役割が三つに整理される。①皇位の永久を期す ②国を伝えることの信誠を表す ③治平の道を尊ぶ。とくに二つめの「信誠」が要である。器は約束のしるしであり、約束が守られてきたことの証でもある。器が変わらないことと統が変わらないこととが、たがいに支え合っているという構図である。

神器章 九吾を視るが猶くすべし ── 寶鏡の神勅
原文
天照大神手持寶鏡、授天忍穂耳尊、而祝之曰、吾兒視此寶鏡、當猶視吾、可與同床共殿、以爲齋鏡、
一書曰、日神入于天石窟之時、從思兼神之議、令石凝姥神造日像之鏡、初所鑄之鏡、少不合意、次所鑄之鏡、其狀美麗、是則伊勢崇祕之大神也、
一書曰、乃令鏡作部之遠祖天糠戸者造鏡、日神方入石窟之時、戸鑰於今猶存、

訓読
天照大神あまてらすおほみかみ寶鏡たからのかがみちたまひて、天忍穂耳尊あめのおしほみみのみことさづけて、これをことほぎてのたまはく、この寶鏡たからのかがみること、まされをるがごとくすべし。ともゆかおなじくし殿とのともにして、もつ齋鏡いはひのかがみすべしと。
一書あるふみいはく、日神ひのかみ天石窟あめのいはやりたまふのとき思兼神おもひかねのかみはかりごとしたがひて、石凝姥神いしこりどめのかみをして日像ひがたかがみつくらしむ。はじめにるところのかがみは、すこしくこころかなはず。つぎるところのかがみは、そのかたち美麗びれいなり。すなは伊勢いせ崇祕あがむる大神おほかみなり。
一書あるふみいはく、すなは鏡作部かがみつくりべ遠祖とほつおや天糠戸者あめのぬかどのものをしてかがみつくらしむ。日神ひのかみまさ石窟いはやりたまふのとき、その戸鑰とざしいまそんす。

現代語訳
天照大神は手に宝鏡を持たれ、天忍穂耳尊に授けて祝して言われた。「わが子よ、この宝鏡を視るときは、わたし自身を視るのと同じようにせよ。床を同じくし殿を共にして、齋き祀る鏡とせよ」。
一書にはこうある。日神が天の石窟にお入りになったとき、思兼神のはかりごとに従って、石凝姥神に日の像をかたどった鏡を造らせた。はじめに鋳た鏡は、少しく意にかなわなかった。次に鋳た鏡は、その形が美しかった。これがすなわち伊勢に崇め祀られる大神である。
また一書にはこうある。そこで鏡作部の遠祖である天糠戸者に鏡を造らせた。日神がまさに石窟にお入りになったとき、その戸のとざしが今もなお残っている。

解説
本章の中心となる神勅と、鏡の由来を伝える二つの一書が並ぶ。「初めに鑄るところの鏡は、少しく意に合はず」――一度で成らなかったという細部を、素行はわざわざ残している。皇統章で天穂日命の派遣が失敗した記事を削らなかったのと同じ姿勢で、神代の事業もまた試行を経て成ったという認識がここにも出ている。

神器章 十鏡は本明かにすべきの象あり
原文
謹按、神代之靈器不一、而天祖唯以三種神寶稱天孫之表物、大神唯以寶鏡詳神勅、此之如也、蓋鏡者、本有可明之象、琢之磨之而不息、則日新而不暗、襲藏深祕而不顧、則日暗而不新、猶人君有可明之質、致之盡之而不止、則其知日新、高威遠下而不規、則其德不正、如之也、

訓読
つつしみてあんずるに、神代じんだい靈器れいきいつならずして、しか天祖てんそ三種みくさ神寶かむだからもつ天孫てんそん表物へうぶつしようしたまひ、大神おほかみ寶鏡はうきようもつ神勅しんちよくつまびらかにしたまふこと、ごとし。けだかがみもとあきらかにすべきのしやうあり。これをたくしこれをしてまざるときは、あらたにしてくらからず。襲藏しふざう深祕しんぴしてもつかへりみざるときは、くらくしてあらたならず。人君じんくんあきらかにすべきのしつありて、これをきはめこれをくしてまざればそのあらたなり、たかくししもとほざかりてもつたださざればそのとくただしからざるがごときなり。

現代語訳
つつしんで考えてみるに、神代の霊妙な器は一つではない。それなのに天祖はただ三種の神宝だけを天孫の表のしるしとされ、大神はただ宝鏡だけについて神勅を細かく述べられた。それはこのとおりである。思うに鏡には、もともと「明らかにすべきもの」という象がある。これを琢き磨いてやまなければ、日ごとに新しく曇らない。しまいこんで深く秘めて顧みなければ、日ごとに曇って新しくならない。ちょうど君主に「明らかにすべき質」があって、これをきわめ尽くしてやまなければその知は日ごとに新しく、威を高くして下から遠ざかり正そうとしなければその徳が正しくなくなるのと同じである。

解説
鏡=磨くべきものという比喩が、そのまま君主論になる。磨かなければ曇る。しまいこんで顧みなければ曇る。ここで素行が用いているのは『大學』の「苟に日に新たに、日々に新たに、又日に新たなり」(湯の盤の銘)である。神器は飾って安置しておくものではなく、日々磨かれることでのみ神器でありつづける――前節の「空しく虚器に騎る」と同じ主張が、いっそう具体的な像で語られている。

神器章 十一人君の道は、その知を明かにするに在り
原文
夫人君之道、要在明其知也、其知不明、則云寬仁、云果斷、共不中其節、知至而后云德、云勇、可以行之、自古稱人君以明暗、其寄重哉、大神手持寶鏡、別示神勅、以同床共殿、是乃日新日彊、以無息之實也、治教之義、大哉、

訓読
人君じんくんみちは、えうはそのあきらかにするにり。そのあきらかならざれば、寬仁くわんじん果斷くわだんひ、ともにそのせつあたらず。いたりてしかしてのちとくゆうひ、もつてこれをおこなふべし。いにしへより人君じんくんしようするに明暗めいあんもつてすること、そのおもかな大神おほかみ寶鏡はうきようちて、べつ神勅しんちよくしめし、ゆかおなじくし殿とのともにすることをもつてす。すなはあらたにつとめてもつむことなきのじつなり。治教ちけうだいなるかな

現代語訳
そもそも君主の道は、要するにその知を明らかにするところにある。その知が明らかでなければ、寛仁といい果断といっても、どちらも節度に中らない。知が至ってのちに、徳といい勇といって、それを行うことができる。昔から君主を評するのに「明」「暗」の一字をもってしてきたのは、そこに重いものが託されているからである。大神が手に宝鏡を持たれ、わざわざ神勅を示して、床を同じくし殿を共にせよと言われた。これこそ日ごとに新しく日ごとに努めて、止むことがないということの実である。統治と教化の意味は、なんと大きいことか。

解説
第五節で玉=仁、鏡=知、劒=勇と配当したうえで、素行はここで三徳のうち「知」を最初に置く。知が明らかでなければ、寛仁も果断も度を失う。だから神勅が鏡についてだけ特に詳しく述べられているのだ、という論の運びである。君主を「明君」「暗君」と呼び分けてきた歴史の言葉づかいに、素行はその根拠を見ている。

神器章 十二二神既に白銅鏡を以てす
原文
凡二神既以白銅鏡、大神鎭坐伊勢、而鏡劒亦從、乾靈大神之神慮、唯在寶鏡而已、非鏡劒之類也、故代代聖主、旦暮敬拜所奉事、是乃因神勅也、

訓読
およ二神にしんすで白銅鏡ますみのかがみもつてし、大神おほかみ伊勢いせ鎭坐ちんざしたまふにも鏡劒きようけんまたしたがふ。乾靈けんれい大神おほかみ神慮しんりよは、寶鏡はうきようのみにありて、鏡劒きようけんたぐひにあらず。ゆゑ代代よよ聖主せいしゆ旦暮たんぼ敬拜けいはいするところこととせられたまふ。すなは神勅しんちよくりてなり。

現代語訳
そもそも二神はすでに真澄の鏡を用いられ、大神が伊勢に鎮座されるときにも鏡と剣がつき従った。天の神・大神のみ心は、ただ宝鏡にあるのであって、鏡や剣という器物一般にあるのではない。だから代々の聖なる天皇は、朝な夕なに敬い拝することを務めとされる。これはすなわち神勅によるのである。

解説
「器物としての鏡」と「神勅の託された寶鏡」とを区別する短い節。同じ形をしていても、そこに神勅が結ばれているかどうかで意味が違う――これは第六節の「空しく虚器に騎る」の裏返しである。そして「旦暮敬拜する」という日々の行為に落とし込まれる。神器の議論が、最終的に毎日の所作に着地しているのが素行らしい。

神器章 十三崇神帝六年 ── 二神を殿內に並べ祀ることの畏れ
原文
崇神帝六年、百姓流離、或有背叛、其勢難以治之、是以旦夕祈神祇、然先是天照大神・倭大國魂二神並祭於天皇大殿之內、然畏其神勢、共住不安、故以天照大神託豐鍬入姫命、祭於倭笠縫邑、仍立磯城神籬、亦以日本大國魂神託渟名城入姫命、然渟名城入姫髮落體痩而不能祭、

訓読
崇神帝すじんてい六年ろくねん百姓ひやくせい流離さすらへぬ。あるひ背叛そむくあり。そのいきほひもつをさがた。ここをもつ旦夕たんせき神祇じんぎいのりたまふ。しかれどもこれよりさき天照大神あまてらすおほみかみ倭大國魂やまとのおほくにたま二神にしん天皇すめらみこと大殿おほとのうちならまつる。しかれどもその神勢しんせいおそれて、ともみたまふにやすからず。ゆゑ天照大神あまてらすおほみかみもつ豐鍬入姫命とよすきいりひめのみことけて、やまと笠縫邑かさぬひのむらまつる。りて磯城しき神籬ひもろぎつ。また日本大國魂神やまとのおほくにたまのかみもつ渟名城入姫命ぬなきいりひめのみことく。しかれども渟名城入姫ぬなきいりひめかみからだせてまつることあたはず。

現代語訳
崇神天皇六年、民はさすらい、あるいは背く者があった。その勢いは治めがたかった。そこで朝夕に神々に祈られた。ところがこれより先、天照大神と倭大國魂の二神を天皇の大殿のうちに並べて祀っていた。しかしその神威を畏れて、ともにお住まいになるのが安らかでなかった。そこで天照大神を豐鍬入姫命に託して、倭の笠縫邑に祀られた。そこで磯城の神籬を立てた。また日本大國魂神を渟名城入姫命に託された。しかし渟名城入姫は髪が落ち体が痩せて、祀ることができなかった。

解説
神器が宮中を離れる起点となる記事である。ここまでの議論は「同床共殿」――神と人が同じ殿にいること――を軸にしてきた。それがここで破れる。理由として素行が引くのは「その神勢を畏れて、共に住みたまふに安からず」という一句である。神が疎まれたのではなく、神威が強すぎて人が耐えられなかった。次節以降、この別離が制度として定着してゆく経緯がたどられる。

神器章 十四鏡劒を改め造り、護身の璽と爲す
原文
一書曰、神武帝之時、天富命率齋部、造神物・官物、亦未有分別、宮中庫藏、天日一箇神率二氏、更造鏡・鑄劒、以爲護身之璽、仍令後齋部氏、就磯城神籬、天照大神及草薙劒遷奉、皇女豐鍬入姫命爲齋主、
一書曰、崇神帝漸畏神威、勅鏡造石凝姥神之孫、改鏡、以爲護身之璽、移此二種寶於大和之宇陀郡、以爲護身、

訓読
一書あるふみいはく、神武帝じんむていとき天富命あめのとみのみこと齋部いんべて、神物かむだから官物つかさものつくまたいま分別ふんべつあらず、宮中きゆうちゆう庫藏くらをさむ。天日一箇神あめのひとつのかみ二氏にして、さらかがみつくつるぎて、もつ護身ごしんしるしす。りてのち齋部氏いんべうぢをして、磯城しき神籬ひもろぎきて、天照大神あまてらすおほみかみおよ草薙劒くさなぎのつるぎうつたてまつらしむ。皇女くわうぢよ豐鍬入姫命とよすきいりひめのみこと齋主いはひぬしる。
一書あるふみいはく、崇神帝すじんていやうや神威しんゐおそれ、鏡造かがみつくり石凝姥神いしこりどめのかみまごちよくして、かがみあらたつくらしめ、もつ護身ごしんしるしす。この二種ふたくさたから大和やまと宇陀郡うだのこほりうつして、もつ護身ごしんす。

現代語訳
一書にはこうある。神武天皇の時、天富命が齋部を率いて神の物と官の物とを造った。まだ区別がなく、宮中に納め蔵めていた。天日一箇神が二氏を率いて、あらためて鏡を造り剣を鋳て、身を護るしるしとした。そこで後の齋部氏に命じて、磯城の神籬に就いて、天照大神および草薙劒を遷し奉らせた。皇女の豐鍬入姫命が祀りの主となった。
また一書にはこうある。崇神天皇はしだいに神威を畏れ、鏡作である石凝姥神の子孫に命じて、鏡を新たに造らせ、身を護るしるしとされた。この二種の宝を大和の宇陀郡に移して、身を護るものとされた。

解説
ここで神器が二重になる。もとの鏡と劒は神籬に遷され、あらたに造った鏡と劒が宮中に留められて「護身の璽」となる。素行はこの経緯を淡々と記すが、その意味するところは大きい。祀るための器と、身に添える器とが分かれたのである。以後の「形代(かたしろ)」の制度がここに始まる。

神器章 十五伊勢へ、そして熱田へ
原文
一書曰、神武天皇定都於大和國橿原、時以天照大神御靈八咫鏡及草薙劒、安置殿內、床同殿共、往古神勅之如也、宮中無庫藏、官物・神物之分別無差、
崇神帝漸畏神威、鏡造石凝姥神之孫、改造鏡、以爲護身之璽、移此二種寶於大和之笠縫邑、以祭之、其上古由來所傳之神鏡及草薙劒者、即皇女豐鍬入姫命爲齋主、同殿別置、更立神籬、以祭之、至垂仁朝、令倭姫命鎭祭於伊勢神宮、至日本武尊、令征討東夷、

訓読
一書あるふみいはく、神武天皇じんむてんわうみやこ大和國やまとのくに橿原かしはらさだめたまふ。とき天照大神あまてらすおほみかみ御靈みたま八咫鏡やたのかがみおよ草薙劒くさなぎのつるぎもつて、殿內とののうち安置あんちしてゆかおなじくし殿とのともにしたまふ。往古わうこ神勅しんちよくごときなり。宮中きゆうちゆう庫藏くらをさむるなし。官物つかさもの神物かむだから分別ふんべつなし。
崇神帝すじんていやうや神威しんゐおそれ、鏡造かがみつくり石凝姥神いしこりどめのかみまごちよくして、かがみあらたつくらしめ、もつ護身ごしんしるしす。この二種ふたくさたから大和やまと笠縫邑かさぬひのむらうつしてもつてこれをまつる。その上古しやうこより由來ゆらいつたふるところの神鏡しんきようおよ草薙劒くさなぎのつるぎは、すなは皇女くわうぢよ豐鍬入姫命とよすきいりひめのみこと齋主いはひぬしりて、殿とのおなじくしてべつき、さら神籬ひもろぎててもつてこれをまつる。垂仁朝すゐにんてういたりて、倭姫命やまとひめのみことをして伊勢神宮いせじんぐうしづまつらしむ。日本武尊やまとたけるのみこといたりて、東夷とうい征討せいたうせしむ。

現代語訳
一書にはこうある。神武天皇は都を大和國橿原にお定めになった。そのとき天照大神の御霊である八咫鏡と草薙劒を、殿のうちに安置して床を同じくし殿を共にされた。往古の神勅のとおりである。宮中に別に蔵に納めることはなかった。官の物と神の物との区別にも差がなかった。
崇神天皇はしだいに神威を畏れ、鏡作である石凝姥神の子孫に命じて鏡を新たに造らせ、身を護るしるしとされた。この二種の宝を大和の笠縫邑に移して祀られた。上古から伝わってきた神鏡と草薙劒については、皇女の豐鍬入姫命が祀りの主となって、殿を同じくしながら別に置き、あらためて神籬を立てて祀られた。垂仁天皇の代に至って、倭姫命に伊勢神宮に鎮め祀らせられた。日本武尊の代に至って、東夷を征討させられた。

解説
神器の移動が時系列で整理される。橿原の殿内(同床共殿)→ 笠縫邑の神籬 → 伊勢神宮。そして草薙劒は日本武尊の東征へ。素行が繰り返し「往古の神勅の如きなり」と書きつけるのは、その原点との距離を測るためである。次節で劒が熱田に留まると、原点からの離れ方はさらに一段進む。

神器章 十六草薙劒、今も尾張熱田社に在り
原文
一書曰、日本武尊詣伊勢神宮、倭姫命辭見、以草薙劒投賜日本武尊、日本武尊既征東夷、還之時、到尾張國、登吹山、中毒而蹇、於是解劒、置宅而還去、其草薙劒今在尾張熱田社、
謹按、是神器置別所之始也、天孫從至今、神人相去之機也、

訓読
一書あるふみいはく、日本武尊やまとたけるのみこと伊勢神宮いせじんぐうまうづ。倭姫命やまとひめのみこと辭見いとまごひしたまふとき、草薙劒くさなぎのつるぎもつ日本武尊やまとたけるのみことさづたま日本武尊やまとたけるのみことすで東夷とういちて、かへりたまふのとき尾張國をはりのくにいたりて、吹山いぶきやまのぼり、どくあたりてあしなやみましぬ。ここにいてつるぎきて、いへきてかへりたまふ。その草薙劒くさなぎのつるぎいま尾張をはり熱田社あつたのやしろり。
つつしみてあんずるに、神器じんぎ別所べつしよくのはじめなり。天孫てんそんよりいまいたるまで、神人しんじんあひるのなり。

現代語訳
一書にはこうある。日本武尊は伊勢神宮に詣でられた。倭姫命が別れを告げられるとき、草薙劒を日本武尊に授け賜った。日本武尊は東夷を討ち終えて還られるとき、尾張國に到り、伊吹山に登って、毒気に中たって足を病まれた。そこで剣を解いて、家に置いたまま還り去られた。その草薙劒は今も尾張の熱田社にある。
つつしんで考えてみるに、これが神器を別の所に置くことのはじめである。天孫の代から今に至るまで、神と人とが相離れてゆく分かれ目である。

解説
「神人相去るの機なり」――この一句が神器章の陰の主題である。同床共殿にはじまった神と人との近さが、崇神朝の遷座を経て、ついに草薙劒が尾張に留まることで決定的に分かれる。素行はこれを非難するのでも嘆くのでもなく、ただ「機」(分かれ目)と記す。しかし直前まで「日に新たに、日に彊めて息むことなし」と説いてきた文脈に置けば、この静かな一句の重さが読みとれる。

神器章 十七神器を別所に置くの始
原文
謹按、是神器置別所之始也、天下之永平久、神人相去之機也、故靈樣模而遷去之、實劒者人臣之司也、鏡者神之全體、而劒者人君之所體、故以日本武尊興神器、而留鏡於大殿、蓋帝改鏡劒、留摸而奉崇神、亦時宜之節也、然乃寶鏡者神之全體也、神劒者人君之體、寶劒者人臣之所司、三般之神器、其德明哉、

訓読
つつしみてあんずるに、神器じんぎ別所べつしよくのはじめなり。天下てんかながたひらかにひさしきは、神人しんじんあひるのなり。ゆゑ靈樣れいやうしてこれをうつる。實劒じつけん人臣じんしんつかさどるところなり。かがみかみ全體ぜんたいにして、つるぎ人君じんくんたいとするところなり。ゆゑ日本武尊やまとたけるのみこともつ神器じんぎおこして、かがみ大殿おほとのとどむ。けだてい鏡劒きようけんあらため、とどめてかみあがたてまつるは、また時宜じぎせつなり。しからばすなは寶鏡はうきようかみ全體ぜんたいなり。神劒しんけん人君じんくんたい寶劒はうけん人臣じんしんつかさどるところ。三般さんぱん神器じんぎ、そのとくあきらかなるかな

現代語訳
つつしんで考えてみるに、これが神器を別の所に置くことのはじめである。天下が長く平らかに久しく続くということは、神と人とが相離れる分かれ目でもある。だから霊妙な姿をかたどって、これを遷し去るのである。実際の剣は臣下がつかさどるところである。鏡は神のすべてであり、剣は君主が体とするところである。だから日本武尊によって神器を興し、鏡は大殿に留められた。思うに天皇が鏡と剣とを改め、写しを留めて神を崇め奉られたのも、また時宜にかなった節度である。とすれば宝鏡とは神のすべてである。神剣は君主の体であり、宝剣は臣下がつかさどるところである。三般の神器の、その徳の明らかなことよ。

解説
神器の分業が定式化される。鏡=神そのもの/劒(神劒)=君主の体/寶劒=臣下の司る器。ここには素行の統治構造がそのまま重ねられている。神は祀られ、君主は徳を体し、臣下は実務を執る。器の配置が身分の配置と対応しているのである。そして「靈樣を模して遷し去る」――写しを留めることを、堕落ではなく「時宜の節」と評しているところに、素行の現実感覚が出ている。

神器章 十八三器の用は虛ならず
原文
以上論三器之用不虛也、謹按、事有時有物、物有時有器、器有時而用通、故君玉之財、文武之器、各有其體、故其制不正、則君子不與焉、況寶器乎、夫一人之私器、衣食之爲物、家宅用器之爲制、以利其用、以通其誠、非實也、神器者、古今之法器也、一事有其體、則物有器、器有而后用通、夫一人之私器、非天下之大器也、萬民利用者、天下之大器也、神聖之靈器、古今之法器也、而后天子以敬之、天下由是治矣、
蓋上古之人、質其身、稱其德、示其威、必以玉劒鏡、三器之神、寶哉、

訓読
以上いじやう三器さんきようきよならざるをろんず。つつしみてあんずるに、ことあるときはものあり、ものあるときはうつはあり、うつはありてのちようつうず。ゆゑ金玉きんぎよくざい文武ぶんぶうつはおのおのそのたいあり。ゆゑにそのせいただしからざれば、君子くんしこれにくみせず。いはんや寶器はうきをや。一人いちにん私器しきは、衣食いしよくものたる、家宅かたく用器ようきせいたる、もつてそのようし、もつてそのまことつうず。一人いちにん私器しきは、天下てんか大器たいきにあらず。萬民ばんみん利用りようするものは、天下てんか大器たいきなり。神聖しんせい靈器れいきは、古今ここん法器ほふきなり。しかしてのち天子てんしもつてこれをけいすべく、天下てんかりてをさまるべし。
けだ上古しやうこひと、そのしつしそのとくしようしそのしめすには、かならたまつるぎかがみもつてす。三器さんきしんたからなるかな

現代語訳
以上は三つの器のはたらきが空虚なものではないことを論じたものである。つつしんで考えてみるに、事があれば物があり、物があれば器があり、器があってのちにはたらきが通ずる。だから金玉の財も、文武の器も、それぞれにその本体がある。だからその制が正しくなければ、君子はこれにくみしない。まして宝器についてはなおさらである。そもそも一人の私の器というのは、衣食の物であれ、家や日用の器の制であれ、その用を便利にし、そのまごころを通わせるものである。しかし一人の私の器は、天下の大いなる器ではない。万民が用いるものこそ天下の大器である。神聖の霊器は、古今を通じての法の器である。そうしてのちに天子はこれを敬うべきであり、天下はそれによって治まるのである。
思うに上古の人が、その身をただし、その徳を称え、その威を示すには、必ず玉と剣と鏡とを用いた。三器に宿る神の、なんと尊いことか。

解説
章の結語である。素行はここで「私器」と「大器」を分ける。衣食住の道具は一人の私器であり、万民が用いるものこそ天下の大器である。そして神器は「古今の法器」――時代を貫く規範としての器だという。だから天子はこれを敬い、天下はそれによって治まる。三種の神器を徳の目録として読み解いてきた本章は、最後に器とは何かという一般論にまで開かれて閉じる。皇統章が「天下は神器なり」で終わったことと響き合う結びである。